音楽を聴く喜びの書
★★★★★
著者は音楽についての好き嫌いは「純粋に私事」に属するので、あまり大切なことだとは思わないと述べている。それゆえ、かえってこういうエッセイ集は貴重であろう。それに、書き手の音楽に対する造詣が広くかつ深いので、その好悪は普遍的な域に達していると感じられる。バッハからベルク、ヤナーチェックまで著者が深い愛着を覚えた名曲について、実に充実した文章が展開する。
その特質は「吉田さんは、音楽を聴くことの幸福を書いた。あるいは、その幸福感と文明との関係について書いた。それが吉田さんの仕事の主題なのである。」という丸谷才一氏の吉田秀和評に尽きていると思われるが、そういう幸福感をこの本を読むことで我々も味わうことができるのである。
吉田秀和氏の名著がこのような形で復活して本当にうれしいかぎりだ。