情報過多におぼれないために
★★★★☆
コンパクトながら2008年10月までの動きをきちんととりまとめている。個別金融機関のレポート、規制当局や業界団体等のレポートを適切に使いながら分量過多にならないように取り上げている。なかなか簡単にできることではないと思う。金融に一定の知識があるが、サブプライム以降の氾濫する情報に溺れかかっていた人間にとっては、頭の整理をして道筋だてて考えるにはよい本だ。ファニーメイやフレデリーマックについても適切に分析をしている。カバードボンドについてもポイントを説明しており、ここまで目くばせする本はなかなかない。一方、金融の基礎知識のない人には手ごわいだろう。
筆者は今回の金融危機後も世界的に過剰流動性(金余り)状態には変化はなく、いずれスプレッドの縮小→リターンを求めてよりリスクの高い分野への投資→リスク軽視というサイクルはなくなりそうもないとしており、全くその通りだと思う。日本においても、単純にものづくりに回帰するだけでなく、家計や個人事業のレベルで攻守のバランスのとれた金融取引をしていくことが必要だと思った。
住宅ローンについて詳しいです。
★★★★☆
金融危機についての著書が多く出版されていますが、それらの多くが、問題の発端である住宅ローンについての記述が少なく、著者の専門領域の記述が大半を占めています。そのため、読者は危機の原因を十分に理解できません。一方、本書のほとんどは住宅ローンについての解説なので、何が事態をこれほどまでに悪化させたのか分かります。但し、内容は非常に専門的で、かつ住宅ローンの構造が複雑なため、内容を把握し理解するには労力が要ります。また、共著であるためか、本書に登場する多くの金融商品や専門機関(金融系、政府系)について、説明するより先に記述しているケースがあり、繰り返し読むことになります。とは言え金融危機を単なる人間の愚行として捉えるのではなく、実際には複雑な要因が絡み合って発生したものであることを教えてくれる良書です。
専門的な知識が豊富で役に立ちます
★★★★☆
本書を読んで、特に有益だったのは以下の点です
1.アメリカの住宅ローンがノンリコースと言われるが、ファニーメイ・フレディマックの標準契約書にはノンリコース条項は入っておらず、制度的ではなく運用上ノンリコースであるにすぎない。
2.よくS&Pケース・シラー住宅価格指数が引用されるが、同指数に含まれるのは20大都市のみであり、カバーしている範囲に偏りがあるので他の指数と併用すべきである。
3.投資銀行の中でゴールドマンサックスのリスク管理が群を抜いており、例えば、BISのワーキングペーパーの担保借入と資産規模変動率の相関が少ないことがに現われている。
いずれも深い専門知識があればこその分析で、本書を読んでよかったと思いました。
但し、「「神よ、何故あなたは私を見捨てたのですか」とリーマンブラザーズの関係者はポールソン財務長官に向かってそう言いたかったに違いない。」という冒頭のくだりはジャーナリスティックで余計な表現と思いました。
また第5章の問題の検証で、リチャードクーを引用していますが、彼に対する評価は経済学界では定まっていないので、むしろ著者自身の言葉で分析したほうが良いと思いました。
余談ですが本書の中で、ファニーメイ・フレディマックの株価が7月に急落した原因はリーマン・ブラザーズ証券のレポートだったとありましたが、リーマン・ブラザーズがつぶされた一因は、この準公的金融機関の虎の尾を踏んだことにあるのではと憶測しました。
大胆にして緻密
★★★★★
現役の金融機関職員が書いた本としてはかなり大胆で、特に政府系金融機関の職員が中央銀行の金融政策や政府の財政政策について、中立的な記述とはいえ言及しているのは勇気ある行動だと思います。景気変動に政府がどこまでコミットすべきか、もう一歩踏み込んで書いてくれるともっと面白かったのですが、それは立場上できないと自制されたのでしょうか。
証券化やデリバティブはさすが専門家だけあって緻密に書かれています。自分達が日本の証券化市場を牽引してきた自負からでしょうか、「証券化」をスケープゴートにしようとする世論に敢然と反論しています。さすがに理路整然としており、読むと著者らの主張にも首肯すべき点が多々あります。
昨今の風潮としては証券化や金融資本主義は悪の権化で、アメリカ経済の崩壊とともに世界経済は恐慌に突入するといった類の本が売れているようですが、当事者として問題の本質を抉り出して、危機の悪化を防止しようとする姿勢がかえって清々しく感じられます。全体にバランス感覚に優れた著作だと思われます。
なぜ日本が巻き込まれたのかよくわかりました
★★★★★
今回の金融危機をここまで体系的に書いた本はなかなかないでしょう。リーマンブラザーズの破綻はもちろん、その後の各国の公的資本注入にいたるまでの最近の動向を書き込みながら、全体のストーリーにブレがない構成力には圧倒されます。各国協調による財政出動の必要性を訴えているあたりはG20の動きを先取りしており、著者らの慧眼がうかがえます。
日本は単なる被害者ではなく、低金利により世界に過剰流動性を垂れ流した加害者としての一面もある、という指摘(野口悠紀雄氏の「世界経済危機 日本の罪と罰」と同じ主張ですが、1ヶ月早いですね)には日本経済が今後とるべき方向性が強く示唆されているものの、内需拡大が容易ではないことも指摘しています。人口減少社会の日本との対比、多様性を重んじるアメリカの底力を書いてあるあたりは単なる金融恐慌本とは一線を画しています。
ゴールドマンサックスがシティやメリルリンチと違うところを定量的に分析している部分も非常に参考になりました。専門的な部分もありますが、細部にわたるまで論旨が明瞭なので、一気に読めました。いたずらに危機感を煽るのではなく、事実関係を踏まえて誠実に書こうという著者らの姿勢は評価されます。