「暗黒時代」を書き換える一冊
★★★★★
勝敗を決する王手は、壮絶な攻防の果ての一手としてはじめて指されうる。
例えば自然科学におけるニュートンやアインシュタインの革命とて、彼らひとりの天才に
よって成し遂げられたものではない。歴史の堅固たる歩みの中、迎えるべくして迎えた革命を
高らかに叫び、その名を後世に残したのが、たまたまニュートンであり、たまたま
アインシュタインであったに過ぎない、とはさすがに大げさか。
しかしそれはヨーロッパの政治思想の歩みにおいても同じこと。
今や、来たるべくルネサンスや市民革命へ向けて、ひたすらに鬱屈としたエネルギーを
蓄積させる期間としての中世、との認識は正されなければならない。一夜にして世界の景色が
180度の反転を見せることなど有り得ようはずもない。中世における実直な歴史と思想の
積み重ねがあるからこそ、「近代」は開花すべくして開花したのである。
そのことを表現して見せたのがこの一冊。
本書は、「西方におけるギリシア・ローマ文明の崩壊から宗教革命に至るまで」を取り
上げ、「キリスト教共同体の理想の勃興・発展および崩壊と、それにかわる一層純粋な国家と
いう政治観念への回帰」を論じる。
トマス、ダンテ、マルシリウス……彼らの議論にはまさしく蒙を啓かれるような思い。
本文は200ページ程度と至ってコンパクト、しかし密度たるや圧巻。一介の概説書の枠を
はるかに凌駕した一冊。