思索や議論の題材としての価値は充分にある
★★★☆☆
「生命学」という哲学を提唱している森岡正博氏が、現代を象徴する23のテーマについて思索した事を述べている。どのテーマも8ページ完結で読み易い。内容については、共感できる部分とそうでない部分がおおよそ半分ずつといったところである。
共感と反感の両方を覚えたのが、「君が代と起立」である。著者は、君が代が天皇を崇敬する歌である点と、そのイデオロギーが大陸侵略を先導した点から、国歌斉唱時に起立しない態度を取っている。私自身は天皇陛下を崇敬しているし、また天皇制のせいで戦争が起きたとは考えていなので、国歌斉唱時には起立する。問題はその後で、著者は国歌斉唱時に起立している人々が、あたかも起立しない者を排除する全体主義者であるかのような印象で筆を進めている。実際には、私のように君が代を拒否する立場を尊重しつつ、自分の意思に基づいて起立している人もいるという事を忘れないで頂きたい。その一方で国歌斉唱の問題から、現状の社会体制の恩恵を受けていながらそれを批判する自己矛盾について論理を展開しているのは、鋭い指摘だと思う。
国歌のみならず、本書には日本のこういうところが嫌いだとか、日本という縛りから解放されたいといった、「日本」という概念への嫌悪感がしばしば見られる。当の私自身、個人の意思より周囲との協調にこだわる日本人の民族性はあまり好きではない。しかし、日本という国に生まれ育ち、これからも日本に住み続けるのであれば、単に日本の短所を嘆くのではなく、ではこの国にはどのような長所があるのか、また短所を克服する具体的手段はなんなのか、そうした点にまで踏み込むべきではないのか。
生と死というような宗教的なテーマを、あえて宗教によらずして考えるという視点自体は斬新ではあるものの、結局それが人間の知性への過信につながり、現状への不満と未来への不安を煽っているような印象を否定できない。
しかし哲学という営みを身近なものにし、自分の生き方や社会の在り方を考える問題提起がなされている点で、思索や議論の題材としての価値は充分にある。