有井理論の集大成
★★★★☆
文字通り有井理論の集大成である。有井理論といっても、宇野理論などと違って、ほとんど普及していないので、ごく一部のマニアックな研究者の中でのみ評価されている。有井氏の書くものはいずれも超難解であり、わかりやすく具体的に説明しようとする姿勢が根本的に欠落しているため、読んだ人のほとんどは理解できずにギブアップする。
それでも一部には熱烈なファンを持っている。本書は、難解である自分の理論をあろうことか少年少女向けに語ろうとの破天荒な試み(たとえて言えば、野球のできない小学生にダルビッシュの150キロのボールを打たせようとするようなもの)から始まっている。なので、最初のうちは、太郎と花子との物語を例にとるという工夫(?)が見られるのだが、筆者自身も告白しているとおり、そんなことは不可能であることが早々に自覚され、途中からわかりやすさはかなぐり捨てられて、研究者でもほとんどちんぷんかんぷんないつもの有井節が炸裂する内容になっている。
熱烈なファンにとっては、1991年の『株式会社の正当性と所有理論』以来、ほぼ20年ぶりの単著であるから、まさに待ちに待った新作である。しかし、私のように、一時期は感激して読みふけったが、その後しだいに有井氏の独善的かつ独断的な議論の仕方(自分以外の誰もマルクスを理解していないという確信、マルクス死後のマルクス主義の歴史には何の意義もないという断言)や、マルクスと異なって階級闘争の役割を徹底的に軽視していることに疑問を持つようになった者は、ずっと冷静に本書の出版を受け止めている。
本書は、有井理論の全容をより体系的により簡潔に提示しようとするものであり、実証主義と制度主義の両面批判としてのマルクス労働論という哲学的なメタ理論の提示から始まって、資本主義社会のシステムを、労働のシステム、物象のシステム(=商品および資本のシステム)、人格のシステム(=私的所有)の3つのシステムの重層的関係として理解し、「疎外された労働」をシステム発生的起点に据えて資本主義社会の総体性を有機的に把握し、株式会社を資本の本質的矛盾の開示(資本の現象)の形態として理解する。こうした雄大で理論的に驚くほど厳格な論理展開は、いつもと変わらぬ有井氏の真骨頂である。
しかし、他方では、そうした体系性ゆえに有井理論の弱点がより集中的に現われてもおり、また、最初の単著である『マルクスの社会システム理論』からさえもヘーゲル主義的方向に後退しているような叙述も見受けられる(典型的には有限性よりも無限性を、特殊よりも普遍を重視していること、あるいは社会システムにおける質料性の独自の意義を軽視していること)。
しかし、いずれにせよ本書は、有井理論から最良のものを学びつつ、それを乗り越えようとする者にとっても必読の著作であることは疑いない。おそらくこれが有井氏の最後の単著になるのではないか? これの無批判的受容からは積極的なものは何も生まれないだろうが、これの徹底した批判的検討からは、マルクス主義の理論的発展にとって非常に有意義な成果が生まれるだろう。真理はただ誤謬を通じてのみ自己を開示する。マルクス主義の理論にそれなりの興味を持っている人には、ぜひこの難解な著作に挑戦し、批判的に学んでほしい。有井氏もきっとそうした批判的態度を望んでいると思う。