神田駿河台の小高い丘の上に山の上ホテルが誕生したのは、1954(昭和29)年1月のことである。以来このホテルは作家など多くの文化人たちの常宿として、あるいは憩いの場としてずっと愛されつづけてきた。本書はそんな山の上ホテルの創業からの50年を、従業員へのインタビューも交えて描いたノンフィクションである。著者は翻訳家でもあり直木賞作家。自らもこのホテルに深い愛着を持っている。
山の上ホテルを語るときに、創業者である吉田俊男のエピソードは欠かせない。彼は経営者であると同時に、山の上ホテルそのものといってよかった。彼が目指したのはサービスと安心とが行き届いた良質な「小さなホテル」だった。「もし、人が他人に与へられる最高のものが誠意と真実であるなら、ホテルがお客様に差し上げられるものもそれ以外にはないはず」と吉田は記している。その理想を実現するために、吉田は従業員たちに多くを求めた。そのために辞める者が絶えなかったという。彼が求めたのは「誠実さ」に裏打ちされた職人気質だった。しかも、山の上ホテルの理想を実現するのにかなった職人気質である。著者はそれを「ホテル屋」という言葉で表現している。
インタビューや、吉田が残したメモ書きから浮かび上がってくるのは、頑固で職人肌で、生活に質実を求める男の姿であり、同時に食通で、ホテルの広告コピーをひねり出す文学者肌を持った男の姿だ。「良質のものは、いつも少ししかない」と著者は言う。読み終えたとき、読者はその言葉に頷くと同時に、その「良質」なるものにに触れてみたいと思うに違いないだろう。(文月 達)
納得
★★★★☆
「山の上ホテル」がなぜ「山の上ホテル」であり続けるかが分かる本。
泊まったことのある方なら「なるほど」と思われるだろうし、
ホテルを知らない方にも雰囲気は伝わると思います。
日本のホテル経営が米国型に移りゆくのに対し、
欧州型とでもいうのでしょうか、
オーナーの嗜好をぶれずに提供するホテルは今後、ますます貴重になると思います。
ホテル経営という観点からも、参考になる点があるように感じました。
社長に惚れて職場に惚れて・・・
★★★★☆
著名な作家たちが、原稿を書くためにカンヅメになるホテル、そして食事のおいしいホテルとして有名な山の上ホテルのドキュメンタリー。
亡き創業者の吉田社長について、古参の社員たちが様々なエピソードを語る。
生涯を社長の顔や人柄を近くに感じ、転勤もなく働くということに息苦しさを多少は感じるものの、人に惚れ、職場に惚れて生涯働くということに羨ましさを感じる。
時代とともに変わらない最高のサービスを提供し続けている都心の静かなホテルを久しぶりに訪れたくなった。
写真や、作家たちのコメント、社長自ら手掛けた広告のコピーなど、山の上ホテルの雰囲気を読みながら感じることのできる資料も豊富である。
翻訳家の限界を感じた
★★☆☆☆
自分も何度か利用したことがあるし、別に悪いホテルじゃないけれど、文士に愛されたということで過大評価されがちな日本版アルゴンキンホテルといった感じの山の上ホテルの話です。
著者は翻訳家としては文章が上手だけど、こういう書き下ろしだとメリハリはなくダラダラした文章になっていて残念。
またこの取材のウラをきちんと取っていなかったせいか、ダイナースクラブの会報誌に掲載時でも話題に上がった人(東京オリンピックに出場した複数のアマチュア選手たち)から抗議が来たのか、次号でお詫びの文章が掲載されていたほど。
またこのホテル出身のホテルマンで、後日某名門ホテル副社長になられた某氏の件も、本人が「喜んでホテル●ー●ラに転職したのに、この本では山の上ホテルの社長命令でイヤイヤながらホテルオ●ク●に行ったと書かれていて困った」と、これは事実と違うと嘆いていらっしゃったと某所で聞いたことがあります。と言っても、もちろん某氏本人に確認したわけじゃないのですが・・・。
やはり某氏はホテルサービスの神様と呼ばれた凄い方なのだから、きちんと事実確認してから書くべきだったし、山の上ホテルのトップなんかよりホテル業界では遥かに大物なのだから、それなりに配慮すべきだったと思う。
でも著者は翻訳家が本業だから、きちんと調べて多方面に取材して書くという作業はムリだったのかもしれない。
なお余談ですが山の上ホテルは料理が古臭いし、天ぷらも評判ほどでないし、洋朝食のパンの質はビジネスホテル並み(でも和朝食が良いらしい)、バーは狭いのに禁煙ではないので煙草の煙が濛々と立ち込めているし(今は違うと思うけど)、客室は広めだが古いビジネスホテルといったかんじで、とにかく設備や客室のリニューアルをケチっている印象が強くてガックリ。ホテルのイメージどおりなのは作家の愛用する特別なスイート2室と、モダンインテリアにリニューアルしたアートセプトフロアだけ。
またサービスは新人の態度はとても良いけど、なぜかベテランはそうでもないという、一般のホテルと逆だったのはちょっと不思議でした。個人的には「山の上の謎」と名づけたほど。
ここはNYのアルゴンキンと比較されますが、どちらのホテルも訪れた印象から結論を出すと、山の上ホテルはあんなに渋くて格調高くないですね。それにホテル内に可愛い猫もいませんし。
どっちにせよこの手のホテル本は、基本的に一生このホテルに泊まらない人向けに書かれたものなので、実際に利用する人には期待に胸を膨らませて行くと、きっとがっかりすると思う。
実は自分はこの手の書籍・雑誌(英語本も含む)を読んでホテルに行って、十回以上も裏切られたもんで・・・(苦笑)。
一度は泊まりたい
★★★★☆
山の上ホテルと関わりのある作家達とそのエピソードの紹介から、創業者の故吉田俊男社長のことを、その部下だった関口氏、秋山氏らから聞き出して紹介する。山の上ホテルのサービスとは「ふるさとのなつかしさ」と「さっぱりした後味」だという。「山の上」ファンには欠かせない本。
神田界隈の通になれる本
★★★★☆
~私の定宿です。山の上ホテルは、日本で一番サービスのいいホテルです。
私はここを基準に、いろいろなホテルのサービスを評価しています。
初々しいボーイさん、メイドさんたちに迎えられ(それもとっても礼儀正しい!)、部屋に着いた時のお茶の一服(旅館みたい)、おいしいジュース(これで病みつきになり、みなさん、帰ってからジューサーを買うらしい~~)、ルームサービスはどれも美味(作家が泊まり込むホテルなので、手抜きは一切なし)、朝の和定食のお粥も絶品・・・等々、書き尽くせない話題のホテルです。
そんな山の上ホテルを紹介した本ができました。詳しすぎるところもありますが、なんだか神田界隈の通になったようで、ワクワクしてくる本です。
地方に住んでいてよかったなぁ、と胸をはれる本で~~す。
本当のサービスとは何か、を知っている方にお薦めいたします。~