死に様も人それぞれ
★★★★☆
歴史小説の大家、池波正太郎による短編集だ。表題の「卜伝最後の旅」の他、5編の短編が収録されている。戦国時代から幕末・明治初期にかけて生きた男たちの死に様を、それぞれ描いている。枯淡の境地で死を迎える者、現世への未練に憔悴する者、逆に現世に退屈しきって最後まで他人を茶化す洒落者、天下国家の未来を俯瞰して、自分の死をも客観視する者、さまざまな死に様がそれぞれに描かれている。
池波正太郎の小品は、その後の長編作品の土台やヒントになっていることがある。そうした小品を読むと、後の長編作品の、壮大なスケールが構築されていく過程が垣間見えて、面白い。
この短編集の最後に収録されている「剣客山田又蔵従軍」は、後の長編「その男」の元ネタのようだ。池波正太郎の作品は、主なものはおおかた読んだつもりだったが、「その男」は残念ながらまだ読んでいないので、これから読んでみようと思う。
これまでは、長編を先に読んで、後でその元になった短編を読むことが多かったので、また違った見方ができるかもしれない。
塚原卜伝
★★★★☆
わくわくさせる作品ではないが、読めば味わえる内容だ。時代も広く、普段は戦国時代しか読まない小生にとっては興味がわいた作品だった。歴史小説267作品目の感想。2010/07/06
戦国時代から明治までの武士たちの物語
★★★★☆
戦国から江戸時代末期までの侍の生き様を描いた短編集
すべて実在の人物を取り上げている。
・卜伝最後の旅
剣の道を極めた晩年の塚原卜伝が、武田信玄や、京の将軍を訪ねた際の物語。
名将の誉れ高い武田信玄と、将軍でありながら己の剣のみを頼りとし剣に倒れた
足利義輝。卜伝を語り部として、二人の武士の生きざまをスケッチしている。
武士が備えるべき美徳もその立場しだいであることを、浮き彫りにした
印象的な短編。
・南部鬼屋敷
江戸初期に南部藩に仕官して目付に出世した塩川八衛門の物語。
戦が終わり平和になった時代に、戦士として生きる道を閉ざされた武士の
潔く美しい生き方が、心に残る。
・権臣二千石
江戸時代中期に小身から身を起し家老に上り詰めた小栗将監の物語。
権臣でありながら、武士の将来性に見切りをつけ、両刀を投げすてるつもりに
なっている武士を通して、退潮極まった武家社会をスケッチした物語。
美しい武士も、太平の淀みの中で腐ってしまったように思え、悲しい。
・深川猿子橋
江戸時代中期の庶民(陰陽師の親子、夫婦)の身に起きた事件を通して、腐敗し
力を失った武家社会の断片を垣間見せる物語。
透明で静謐な心で死を受け入れる庶民の姿は、武士のあるべき姿のようにも思える。
腐ってしまった武士の心意気は、庶民の中に生き残っていたのだろうか。
・北海の男
間宮林蔵の晩年を切り取って江戸末期の社会を描いた物語。
林蔵の樺太探検は幕府の命により打ち切り。その後、江戸で暮らす林蔵は、安逸
な生に満たされることはなく、北国を冒険を忘れられず、かなわぬ冒険を夢見つ
つを老いてゆく。
冒険の場も夢を実現する機会を与えられず、飼殺しにされる武士姿のむこうに、
保守化し硬直化した武士の社会が透けて見える。
雄々しく生きることができぬ時代に生まれた武士の悲しさが、切ない。
・剣客山田又蔵従軍
幕臣山田又蔵の、彰義隊の上野戦闘から西南戦争までの人生を描いた物語。
桐野利秋、西郷隆盛が登場し、三人の武士の生き様がリアルに描かれている。
明治になっても武士の矜持を、少しの力みもなく自然に息をするように、発揮し
た江戸時代生まれの武士たちの生きざまに感銘を受ける。
西郷を、「武士の体面などというものより、遥かに遠く離れた人物であった。」
と評した作者の言葉通り、最後の武士たる西郷は、武士を遥かに離れたさらなる
高みへと昇華したように感じた。
美しく生きた、最後の侍を見たような気持ちがする。
より映画のラストサムライより、何倍も面白い。