この広い世の中で梶原一騎の妻が務まるのは著者・高森篤子氏をなくして他にならない。
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劇画原作の第一人者、故・梶原一騎氏(1987・1・21逝去、享年50歳)の妻である著者が前著『妻の道』(1991・JICC出版刊)以来、19年ぶりに語られる梶原一騎氏との思い出を綴ったエッセイである。そのため、実弟・真樹日佐夫氏の立場から語られる兄・梶原一騎像や世間一般論で語られる作家・梶原一騎像とは違った観点から描かれた私生活における夫・梶原一騎像が紹介されている。
前著が出版された当時は梶原氏が他界してまもない時期であり、また、梶原氏が起こした暴力事件やスキャンダルが冷めやらぬまま急逝された事もあり、梶原氏の偉業と比較してもメディアの扱いは大変不当なもので死後数年間が経過したこの当時は梶原一騎氏を扱う事はメディアにとってタブーの状態であった。その事も踏まえ、前著では随所に夫・梶原一騎に対する世間の思惑へのやるせない気持ちやまた、突然の死に心の整理がつかず夫の死を受けとめにくい様子が文章の端々から伺えた。
しかし、没後23年が経過した今日、かつてはタブー視されていた梶原一騎もその作家性や作品群がメディアや雑誌に大きく取り上げられて理解を示されるようになり、周囲への環境が大きく変化した事や著者自身もプロローグで述べられている理由から人には知られざる妻から見た夫・梶原一騎との思い出が語られている。
世間一般でいう梶原一騎のイメージとしては(事件の関連もあってか)強面風が定着しているが(確かに本書の中にもアンタッチャブル一面を覗かせる挿話が紹介されているものの)、その実、繊細な一面も併せ持ち、癇癪持ちではあるが照れ屋で純情な面も窺わせる。
また創作秘話でも事前に物語の筋書きをメモしたり、作品の構成案を作ったりするタイプではなく、その時その時話を作って行き、漫画家が完成させた原稿のゲラ刷りを見ながら、次の展開のアイデアを生み、発想を練っていく過程を知り、だからこそ『あしたのジョー』も作者自身も思いも及ばなかった展開により、名場面が生まれた理由も納得できた。
一度離婚をしてバラバラになった家族が復縁により、また同じ家庭の下でひとつになったが皮肉にもその時点で梶原氏の寿命が尽きてしまった事が残念で悔やまれるが、わずか2年の間だけでも家族と共に至福の時を過ごし、家族に看取られながら最期を迎える事ができた梶原氏はある意味幸せかもしれない。