たった十人の証言--その十人の証言を読む間に、私は、何度本を伏せたか
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--「・・・一緒に『お母ちゃん、お母ちゃん・・・』叫ぶと、お母ちゃんの声がしたから、その方向に向かって屋根板とか瓦礫を必死になってはいだ。ようやく体の一部が見えるようになったが、柱や壁が押さえつけていて、どうしても助けることができない。・・・・・(中略)・・・・・いよいよ火が迫ってきて、母親のところまでじりじりと焼けはじめたと。焼かれながら苦しみの中で、お母ちゃんが言うのに『早く逃げなさい、早く逃げないとあんたたちまで焼け死んでしまう・・・』そう叱り飛ばされるように言われてと、それでも子供たちはそこを離れようとしなかったが、もう熱くていたたまれなくなったので、二人は泣きながら逃げたそうです」(本書26‾28ページより引用)--この本を読む間に、私は、何度も本を伏せた。(私には、そうせずに、この本を読み通す精神力は無い。)しかし、この本に納められて居るのは、広島で被爆し、家族を失った人々の中の、たった十人の証言に過ぎないのである。--たった十人である。--その、たった十人の証言が、これだけの重さを持ち、聞く者に、直視する事から逃避させようとするのである。ならば、神以外に、誰が、広島と長崎で起きた事の総体を直視する事が出来るだろうか?--確かな事は、この十人の証言を読むのにも、何度も本を伏せた私には、広島で、そして、長崎で起きた事の全てを直視する事など、出来無いと言ふ事である。その私に出来る事は、ただ、この本の存在を一人でも多くの人に伝える事だけである。--この本の内容について、私は、これ以上の事を語れない。ただ、一人でも多くの人に、この本が読まれる事を、私は願ふ。そして、この本が、多くの言葉に訳され、世界中で読まれる事を願ってやまない。
(西岡昌紀・内科医/広島と長崎に原爆が投下されて60年目の夏に)