野生児の話題の中でよく登場する「臨界期」や「発達課題」という用語だが、本書を読んで初めて実感できた。カマラは9年間で50語しか獲得出来なかったというが、普通の人間ならば一つの言語を操れない人などまず見かけないだろう。それほど乳幼児期の言語獲得能力は優れており、環境の影響が強い時期だと言える。
他にも愛情(アタッチメント)や情緒についての記述は興味深かった。人間の間で育つことはなかった彼女達だが、最後の数年以外は殆ど表情を表に出すことがなく、他の子どもに対しても友情や愛情といったものを持たず、一番身近な存在であったシング夫人においても人間の親子に見られるようなものではなかった。人間的な部分を成長させるのは、人の愛情を借りてその属する社会の文化を学習する事であるという事実を実感させられた。
他にも食事についてや、身体の発達についての記述は注目すべきように思える。
この野生児研究によって、虐待の与える影響や、言語の獲得のメカニズム、道徳教育の必要性などが意識され始めた事は間違いないであろう。ただ本書の著者が牧師であった事が悔やまれてならないように思える。教育学者や心理学者、医者などが著せばより興味深い分析が行えていたに違いない。注で示しているように支離滅裂な部分が数箇所見受けられたからである。