真の意味での「珠玉の短編集」
★★★★★
2005年末の「このミステリーがすごい!」では第1位、
「週刊文春ミステリーベスト10」では第2位に輝く短編集。
並み居る長編を押しのけて選ばれただけあって、
真の意味での「珠玉の短編集」という印象を受けました。
収録作の1つ【エミリーがいない】は、
消失したエミリーの夫と姉を巡る物語で、
アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀短編賞を受賞しています。
こうした短編集では、受賞作が一番の出来である場合が多いと思いますが、
本作品集では、その他の作品もそれに劣らず傑作揃いです。
特に印象に残った作品としては…
【クライム・マシン】
殺し屋の前に現れたヘンリーという男。
彼は、タイム・マシンで殺害現場を目撃してきたと脅迫を始める…。
SF的設定ですが、きちんとミステリとして成立している、意外性十分な作品。
【ルーレット必勝法】
毎夜、カジノクラブに現れ、勝ち続ける男。
仕掛けられたトリックの巧妙さに唸らされます。
【殺人哲学者】
哲学的な殺人動機を持つ男を待ち受ける、意外な結末のショート・ショート。
【旅は道づれ】
こちらもショート・ショート。
飛行機内で隣り合わせた二人の女性客の会話の果てに…。
その他の収録作も良品揃いです。
【年はいくつだ】
余命4か月の男が行ったこととは…。
【日当22セント】
冤罪で刑務所に入れられていた男が、出所して関係者に会いに行くが…。
【切り裂きジャックの末裔】
有名な殺人鬼の子孫を名乗る男が、精神科を受診すると…。
【罪のない町】
絶妙な会話のショート・ショート。罪がないとは?
【記憶テスト】
殺人犯ミス・ハドソンの仮釈放が検討されるが…。
【記憶よ、さらば】
記憶喪失の男は、その過去の行動を突きつけられ、ある決断を…。
【こんな日もあるさ】
ターンバックル部長刑事の当たらない推理を描いた佳作。
【縛り首の木】
上記の部長刑事は相棒と、不思議な村に迷い込むが…。
【デヴローの怪物】
デヴロー家の伝説の怪物は、実在するのか?
雌伏の時を経て
★★★★★
作者は数十年前に活躍した短編専門職人作家。 誰が目をつけたのか知らないが、このミスでも1位をとるなど編集者の眼力は褒められて然るべきでしょう。 ありがちな設定で小気味良く語られる短編達は一見何ら盛り上がりもないようだ。しかし、読者は気づかぬうちに作者の術中にはまりこみ、どんでん返しに感心する次第となる。 淡々としたストーリーにブラックな味わいを含むものもあれば迷探偵ターンバックル刑事のような微笑ましい事件もあり、楽しい一時を過ごす事ができた。
仰天とまでは行きませんが、必ずツボを押えて満足させてくれる職人作家の秀作集です。
★★★★☆
生涯に350編もの短編小説を著したアメリカ短編ミステリーの達人リッチーの日本で独自に編まれた秀作選集第1弾です。著者は短編のスペシャリストと呼ばれるだけあって、海千山千のベテランの持つ多彩な技を駆使し、必ずツボを押えて読者を満足させてくれる幾通りもの落とし所をたっぷりと披露してくれます。読者は著者の仕掛けた鮮やかな罠に嵌められて満足の内に一編を読み終え、すぐに次の作品を読みたくなって、あっという間に一冊が終わってしまうでしょう。唯、少し残念なのはミステリー・マニアには何処かで読んだパターンが見えて来て仰天とまでは行かずに小粒な印象が残る点です。全ての作品が水準作で駄作がないかわりに飛び抜けた傑作もない所が、私の著者に対する永遠の物足りなさと言えるでしょう。
『クライム・マシン』殺し屋リーヴズが犯した殺人をタイム・マシンで過去へ遡って目撃したと言って金を強請ろうとする謎の男が現われる。最初は信じなかったリーヴズも男が話す細部のあまりのリアルさに信じざるを得なくなるのだが・・・・。幻想SF+クライム・ノヴェルの絶妙のコラボです。『エミリーがいない』最初の妻を不審死で亡くした男の2番目の妻エミリーが姿を消し、遺産目当ての連続殺人ではないかと疑う彼女の従姉ミリセントは巧妙な罠を仕掛けるが・・・・。高度な駆け引きを秘めた騙し合いの果ての意外な目的にニヤリとさせられます。『こんな日もあるさ』迷探偵ターンバックル部長刑事は鋭い推理で相棒のラルフ刑事を感心させるが、何故か何時も見当外れで手柄を他人にさらわれてしまう。才走り過ぎて失敗する迷走振りが可笑しいです。『カーデュラ探偵社』真夜中にしか活動しない謎の私立探偵カーデュラは有名な怪奇ヒーローのアナグラムなのですが、怪奇な味でなく本格推理で勝負します。私としては頑固一徹な職人作家が再評価される機運を巻き起こした著者の功績を讃えたいと思います。
ミステリが好き、短篇読むのもいいよねって方なら、恰好の気晴らし、暇つぶしになる文庫本です
★★★★★
随分前になるんだけど、図書館で借りてとても面白かったミステリ短篇のアンソロジーに、石川喬司が編んだ『37の短篇』(早川書房の『世界ミステリ全集 18』)いうのがありました。ハリイ・ケメルマンの「九マイルは遠すぎる」、ロイ・ヴィカーズの「百万に一つの偶然」、デイヴィッド・イーリイの「ヨット・クラブ」、リース・デイヴィスの「選ばれた者」、クリスチアナ・ブランドの「ジェミニイ・クリケット事件」など、本当にわくわくさせてくれるミステリ短篇がたくさん収録されていて忘れ難いのですが、その37の短篇のひとつに、ジャック・リッチーの「クライム・マシン」(丸本聡明訳)があったんだなあ。いま、森英俊・編の分厚い一冊、『世界ミステリ作家事典 本格派篇』(国書刊行会)の頁をめくっていたところが、「クライム・マシン」ジャック・リッチーの名前にぶつかり、「あっ!」となったところ。だから確かに一度は読んでいるはずなのですが、どういう話だったか、すっかり忘れていたのですね。今回、本文庫で読んでみて、「おーっ! これはひねりの利いた、なんとも洒落たミステリじゃないか」ってね、とっても楽しめましたです。
本書に収められたジャック・リッチーの十四の短篇。読んでいる間は、極上のひととき。時の経つのも忘れて読み耽っていたはずなのですが、読み終えて二、三日経った今、印象的な短篇のあらましを書いてみようとして、もういっぺん読み返さないと、それができないことに気づいて愕然とした次第。表題作「クライム・マシン」をはじめ、「エミリーがいない」「縛り首の木」「デヴローの怪物」など、すごく面白かったって記憶は確かに残っているのですが、ただそれだけ。あんまり口当たり良く、ひょいひょいと読んでいける味わいのせいかなあ。あんなに楽しめたのに、これほど見事に記憶から飛んでしまっているなんて、ほんと、不思議です。これぞ、ジャック・リッチーの記憶消去マジックの妙、なんてね(わはは)
ひねりの利いたミステリ短篇ならではの妙。軽快なテンポの筆致。尾を引かない口当たりの良さ。ちょっとした空き時間、待ち合わせの時間などにおすすめの、さらっと楽しめる一冊。
もっともっと紹介してもらって読んでみたくなる作家
★★★★★
’05年の海外翻訳ミステリー部門で、「このミステリーがすごい!」では第1位に、「週刊文春ミステリーベスト10」では第2位に輝いた短編集。
1958年から82年の間に書かれた17の短編からなる、日本で編集されたオリジナル作品集である。お金の価値基準を除いては時代的な古さはまったく感じられず、むしろ現代的なモダンさすら漂っていた。
この作家は今回はじめて知ったが、無駄な言葉や描写を徹底的にそぎ落としたシャープな文章と、アメリカンな機知(ウィット)とひねり(ツイスト)がきいた各ストーリーは読んでいてテンポもよく、短編小説として申し分なく楽しめるスタイルだと思う。
難を言えば、アメリカ人にウケるウィットと日本人のそれとが微妙に異なるため、作品によって著者の意図したオチが私にはよく分からなかったことくらい。81年MWA(アメリカ探偵作家クラブ)最優秀短編賞を獲得した『エミリーがいない』などがそれで、恥ずかしながら私はオチの部分がよく理解できなかった。
印象に残った作品をいくつか・・・
表題作にして最も長い作品『クライム・マシン』--着想が奇抜で、登場する「殺し屋」の心理描写が絶妙。
『歳はいくつだ』--なんともいえない哀感が漂う秀作。
最も短い作品のひとつ『殺人哲学者』--最後の一行にとどめをさされる逸品。
『カーデュラ探偵』シリーズの4編--E.D.ホックの『怪盗ニック』を彷彿とさせるアメリカンなウィットとユーモアのきいた、特異な設定の佳作。
この作家は生涯に350編にも及ぶ短編を書いたそうだが、もっともっと紹介されてしかるべき作家だろう。