偏頗な歴男、歴女を覚醒させる・・・
★★★★☆
「よき」唯物史観に立った清張幕末史であり、“歴女”とか“武将萌え”の勘違いを萎えさせるに十分の客観性を持った記述だ。いやいや、この手の大いなる勘違いは、俄かにクローズアップされている女性によるものよりも、マッチョな経営幹部や歴史観を欠いた“歴史の教訓”を愛好する男どもにこそ独占されてきたのだ(大昔の『プレジデント』の表紙を思い出していただきたい)。民衆史などというものは、突き詰めれば女性史であるとも言えることは、マルクスが既に書いていることだ。奴隷制はまず家庭内の女性の地位に就いて考察することから始まる、と。
しかし、多くの民衆史、唯物史観に則った歴史記述は、退屈と言えば退屈な面がある。英雄譚のようなストーリーの面白さ、キャラクターの傑出では難しい面があるからだ。例外中の例外は白土三平の『カムイ伝』だろうが、ヒーローカムイの傑出はあれど、あれは物語であって、そこから歴史を学ぶことは大いに可能だが歴史書ではない。
本書は厳密には民衆史とは異なり、政治経済史と言えるが、享保、田沼時代、寛政といった諸改革の内実に就いて、それによって民衆が蒙った被害という視点から透徹した議論が展開されている。しかも、為政者の本当の目的や心理にも筆は及んでいる。その上、読んで大いに面白い。また、鳥居耀蔵といった人物の造形はお手のものである。
さすがは清張!!! 歪んだ英雄史観を糾す1冊とも言えようか。