音の中を漂う
★★★★★
本作を最初に聴いたとき,だいぶ枯れたように思えた.そりゃー彼はもうアラ還だから,そうなるのは無理ないのだが,ネットで本作に関する記事を色々見てみると,違う趣きに聴こえてくる.
本作の音的な特徴は,全てアコースティックであること.参加しているのは,彼とMarc Andersonのみ.そして,多重録音だ.ギター,シタール,そしてときには(学び始めたという)ピアノが重なって複雑なレイヤーを構成し,複雑な音の流れをつくっている.また,その流れは,近年の作品に比べても,非常にゆったりとしている.その流れの中身を注意深く聴いてみると,それぞれの楽器が大局的には調和しながらも,個々に判別できるメロディを奏でている.長年傾倒しているチベットの音楽を彷彿とさせるところもあるし,アメリカ的なブルージーなフレーズが聴こえるところもある.彼はこういう音作りをこれまでもしてきたわけなので,そういうことを知っているファンであれば,この音作りがツボな向きも少なくないはず.
各曲が比較的短いことも特徴.ただし,曲と曲の切れ目がはっきりせず,本作全体で一つの曲となっているようにも感じられる.曲ごとのリズムの変化があまりないのがそう聴こえる原因の一つだろう.本作の制作開始当時は,家族の病気のために気分が暗かった(そしてその気分は制作中もある程度継続していたと推測される)そうで,"Natural causes"というタイトルはそういうことを反映しているようにも思えるし,どことなく陰も感じる.
ここしばらくの間,彼が作り出した音の流れの中を漂いながら,色々なことを考えている.そういうスタンスで聴くのがおすすめだが,単なる環境音楽としても間違いなく聴けるだろう.