4次元的な北海道地図
★★★★☆
月尾嘉男氏の舌鋒は時に厳しく、かつ鋭い。しかしそれは怒りではな
く、北海道に対する期待の大きさと豊かな愛情ゆえなのだ。北海道を理解
し、可能性を認め、飛躍を願う。その気持ちが本書を通してひしひしと伝
わってくる。
氏はこの中で期待される未来として「情緒産業」というものを示してい
る。曖昧で時間をかけて伝達され、しかも多数の人間が共有するほど価値
が増大する情報のことをいい、例を挙げると音楽や映画、芸術作品などに
なる。情報ビジネスよりも情緒ビジネスの方が経済規模は巨大で、雄大な
自然環境を誇る北海道はこれを三次産業の中核にするような産業政策を構
想すべきだと氏は提言する。
それを実現する大きな柱の一つとして観光を掲げ、「魅力」を長期戦略
としてしっかり作り上げていくことが重要と説く。さらに北海道庁に対し
ては「観光を経済発展のためとしてではなく、この日本最大のフロンティ
アの21世紀を左右する戦略と設定できたとき、本来の役割を発揮するこ
とになる」と強く自覚を促している。
本書は『北海道建設新聞』で連載した「月尾嘉男 北海道二十一世紀」
をまとめたものだが、あらためて読み返してみると、氏の慧眼に驚くばか
りだ。
研究者らしい冷静な分析眼はもとより、カヤックで川面をすべるときの
魚や動物、植物の視点、空から北海道を見下ろす鳥の視点。さらには松浦
武四郎が実見した開発前の北海道の姿、地政学的に同じ条件を備えた海外
の国との比較、想定される未来からのメッセージ等々。氏の視点は上下左
右、過去と未来を縦横に行き来する。月尾氏につき従って北海道をくまな
く見せられた読者は知らぬ間に、自分の頭の中におぼろげながら未来の北
海道の立体地図が像を結ぶことに気づく。
松浦武四郎はかつて克明な平面地図を作り上げ、北海道開拓の礎を築い
たが、月尾嘉男氏は未来まで視野に入れたいわば4次元的な地図を作り上
げてわたしたちに明らかにして見せた。