まさしく「忘れえぬ」小説
★★★★★
最初に手に取ったのはもうずいぶん昔のことになります。それぞれの物語は、決して感情的になることもなく、いわゆる城山節で淡々とした調子で進みます。ですが、絶望的とも思える戦況の中、死と隣り合わせの戦場においても、それぞれが精いっぱい生きようとする姿には涙を禁じえませんでした。そして…、この小説はあくまで小説という形をとっておりますが、実際に起こったことをベースにしておりますので、説得力があります。「ノンフィクション」と称して、その実は作りごとや脚色、事実の曲解という書物は枚挙に暇はありませんが、この本は小説と言いながら実際には登場人物の名前だけを創作したのではと思わせるほど、正しい視点で描かれております。航空戦史資料としても、十分価値がありますね。この本は1969年に書かれたのですが、最近は資料も充実してきましたので、この本の題材となった実際の出来事について調べてみるのもいいでしょう。
架空戦記とか思想的に偏りのある本ばかり読んでいる若い方に、ぜひ読んでいただきたい本当の名作を思います。
戦争に翻弄された飛行機乗りたちの運命
★★★★★
戦後60年が過ぎ、戦争体験を話してくれる方が年々少なくなっています。そのような中で、本書は敗戦間際に絶望的な戦いを強いられた飛行機乗りの話を通し、人間の命の儚さや運命を考えさせられます。
私のお気に入りは6話目の「脱出」という作品。主人公が18才の時に、母親といっしょに占い師の家を訪ねたとき、その老占い師に25才までしか生きられない、と告げられショックを受ける母親。動顛した母親を見て、かえって冷静になる主人公。その後、飛行機乗りとなって各地を転々とし、仲間を次々と失う中で、自分の人生が25年で終わるのだと半ば覚悟も出来ていたのに、25才で終戦に。予言は外れ、いつしか50才になり、初孫を見る年齢となります。人生二十五年の予言のおかげで、早くから死の覚悟が出来、死を急ぎともせず、特に避けようと焦りもしなかったために、生き延びれたのかもしれない、と人生を振り返る主人公。
平和な世の中になり、命の尊さが希薄になりつつある中、今、生きているのは何かの偶然ではなく、自分は生かされているのだ、ということを感じさせる素晴らしい作品です。
戦争に生き残った男たちの物語
★★★★☆
城山さんの短編戦争小説集です。太平洋戦争終盤、敗戦は確実なものとなりつつある空で、圧倒的な性能を誇る敵航空機に絶望的な戦いを挑んだ男たちの物語です。各物語の主人公の死生観とともに、様々な日本軍の航空機による空戦を描いています。テーマは「一歩の距離」と同じものですが、この本の主人公たちは既に飛行機を操れるようになった人々です。日々増え続ける戦友の死を前に、家族や国の為に戦った空戦が8作。一つ一つが素晴らしい作品です。