本書の前半部分は大坂の陣から島原の乱、そして鎖国体制へと到る政治史に紙幅が割かれていますが、どちらかというと通説の確認といった雰囲気です。村落社会の研究を専門としているらしい著者の知見が余すところなく発揮されるのは断然後半部分です。
少なくとも僕が学校で習ったような支配階級=武士によって搾取されるだけの農民像はそこにはありません。武士たちは村落の中に室町時代から確実に成熟しつつあった自治に基盤を置き、そこに委託することによって支配することを可能にしていたこと。江戸時代前期の間に村落の中では次第に自立的な農民が増加する傾向が惣掟に見られる署名から読みとりうること。さらには農民たちは単に上からの命令に唯々諾々と従っていたのではなく、むしろ下から法を創出するに足るだけの識字能力や法的知識すら有しており、これによって前述の自治が成り立っていたこと、などが明快に語られます。
江戸時代がいかなる社会構造を持つ社会であったのか、新たなイメージを結ぶことを可能にしてくれる一冊です。単なる「抑圧される民衆」といったようなステレオタイプではなく、中世における成長を経て自ら社会を動かす力を身につけた人々の躍動を感じさせてくれる良書と言ってよいでしょう。