漱石と明治の理解への必読書
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江藤淳は、24歳の若さで最初の「夏目漱石」論を上梓したあと14年を経て、1970年に「漱石とその時代」第1部、第2部を刊行し、その後また時を空けて、1993年に第3部、1996年に第4部、そして1999年自裁後に第5部が未完として出版された。実に総頁数の1914に及ぶ大作であり、江藤淳はこの著作により菊池寛賞と野間文芸賞を受賞している。
江藤淳は文芸評論家ではあるが、一方明治時代の政治、人物等に関する著作も多い。この二つの要素が上手くかみ合って、正に題名「漱石とその時代」が物語るように、漱石の生き様及び作品の評論とその時代の動きが並列的に述べられている。つまり、読者は漱石の人物、作品を理解すると共に、明治という時代の流れをもくみ取ることが出来るわけである。ただし、一般の読者には文芸評論的な部分はかなり難解である。
これまでAmazonレビューが一つもなかったのは不思議なことであるが、余りの大作に感想を書く人がいなかったのであろう。敢えて蛮勇を振るって投稿するのだが、漱石作品を少しでも読んだ人には必読の書である。但し個人的には、余りに「漱石とその時代」で全てを把握した思いがし、以後漱石作品を読む気にならなくなってしまっている。換言すれば、漱石の作品よりも漱石自身の人生を知ることがより興味があると言うことである。特に、朝日新聞のいわゆる小説記者になってからの生活を見ることにより、漱石は正しく生誕から死に至るまで苦悩の時間を過ごしたことがありありと分かり胸を打たれる。一つだけ読むべき作品をあげれば、私小説的自伝とされている「道草」であろう。