「戦争の世紀」
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William Engdahlの著作が翻訳されているとは全く知らなかった。2001年の9/11以降、国際政治の動向を巨視的に把握しようとする多数の人々に向けて、 HP(http://www.engdahl.oilgeopolitics.net/)を通じて透徹した洞察を提供してきたEngdahlであるが、個人的には、その著作が翻訳されていないことを非常に残念に思っていたのだが、今年にはいり、こうして2つの作品が出版されていたのである。
購入を検討している方々のために、留意事項を記しておきたい。
ひとつは、翻訳版の題名が非常に誤解を生むものであるということである。邦題は『ロックフェラーの完全支配』というものであるが、このようなものでは、そのあたりに氾濫している荒唐無稽な陰謀論を主張しているような書籍と混同されることは必至であろう。原題は“A Century of War”(戦争の世紀)というもので、20世紀における国際政治と化石燃料の争奪戦との密接な関係を詳細に分析した、いわば非常に正統派の国際政治学の研究書である。内容的には非常に堅実なもので、ひとつひとつ主張や分析は基本的に全て公開資料に基づくものである。実際、これら著作は、海外の大学院では修士課程や博士課程で課題図書のひとつとして普通に読まれているものである。ありふれた「陰謀論」の書籍を読むつもりでとりくむと期待を裏切られることになるだろう。
もうひとつは、著作の主張を正確に理解するためには、読者にはそれなりに高度の思考能力が要求されるということである。表面上は関連性のないものとして位置づけられる断片的なイベントを結びつける深層的なダイナミクスを探求しようとする統合を志向する思考が求められるのである。また、それは「文明」や「時代」というものを巨視的にとらえようとする俯瞰的な思考と形容してもいいだろう。
著者は、丁寧に資料や証拠を紹介しながら、そうした思考を通して、この戦争の世紀の深層に息づくダイナミクスを浮き彫りにしていく。ただし、本質的には、それは、多様な断片を融合して構築したひとつの大きな「物語」(虚構・仮説)であり、それを証明不可能なものとして片付けようとすれば、できないことではない。その意味では、こうした作品にとりくむうえでは、読者には、そうした統合的・俯瞰的な枠組みをとおして、この時代と文明を見渡してみることで、そこにどのような物語が見えてくるのかを探求しようとする実験精神のようなものが必要になると思われる。
個人的には、数多くの方々に熟読していただきたい傑作だと思う。