ところが彼は天才的な詩人であり、その詩篇において、自分の愚かしさ、放蕩、罪行などを思い起こし、苦々しい憂愁や、胸をかきむしる悔恨の情をも吐露しています。この感情の真実味は、十九世紀の詩人ヴェルレーヌを連想させずにはおきません。
そして彼は同時に、優しい心のかげにかくされた偽善を暴き出し、嘲笑することもやめません。美と醜とのこの不思議な混交、ぞっとするような写実、仮借のない自虐趣味、虚無と死への恐怖、こういったヴィヨンの詩歌の主題は、ボードレールを思わせるものもあります。