王道の演奏
★★★★★
王道というにふさわしい演奏だと思います。
たぶんすべての演奏家がこのヴァルヒャの演奏を聴き、自分の演奏を完成させていくのではないかと想像します。
王道であり、原点の演奏がここに感じられます。
確かなテクニックに裏付けされた安定した演奏の上に、ハープシコードでありながらピアノ以上の表現力を感じます。
ピアノだとアップテンポの曲が華々しく演奏され、対照的にスローな部分がどうしても地味になってしまいますが、ヴァルヒャの演奏はどれも華麗でなかだるみを感じさせません。
ピアノでは音符が多すぎて処理しきれない感が多い14番目の変奏曲も自然な感じで演奏しています。
半世紀も前の演奏でありながら、ヴァルヒャの演奏を録音した技術者の努力により、彼の演奏はオルガンを含めて驚くほど澄んだ音で記録されており、音の深みを感じさせてくれます。
縦の発想
★★★★★
このアリアと30のヴァリエーションは多くの演奏家、特にピアニストにとっては万華鏡を覗くような多彩な表現とヴィルトゥオーシティの格好の披露の場となるが、ヴァルヒャは全くそれとはタイプを異にしている。彼の演奏には小器用な歌いまわしも洒落っ気もさっぱり無いから、そうしたものを期待する人には当て外れになるだろう。しかしこの75分に及ぶ全曲を聴き終えた時、初めて気が付いたことがある。それは彼がこの曲を、横に長く連なった曲としてでなく、実は縦に高く構築された音の建造物として意識しているということだ。これは恐らく彼のオルガン奏者としての発想だろう。それ故にそれぞれのヴァリエーションにいたずらに拘泥することを避けながら、基礎から整然と頂点に向かって積み上げられていくエレメントとしての役割を与えている。これが曲全体に隙の無い統一感をもたらして、聴き手に崇高なまでの深い感動を与える理由だろう。
ヴァルヒャがバッハのチェンバロ音楽に使用した楽器は、2回目の『平均律』を除いて総てユルゲン・アンマーのモダン・チェンバロだが、当時の古楽器事情からすれば妥当な選択だったと言える。録音は1961年でCD化されてから3回目のリリースになり、今回は24bitリマスタリングによってチェンバロ特有の澄んだ響きが生かされている。