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竹島密約

価格: ¥1,785
カテゴリ: 単行本
ブランド: 草思社
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日本外交のツケ ★★★★☆
太平洋戦争後に韓国に帰国し、アメリカにより大統領に祭り上げられた李承晩は、当時の国際法で沿岸8海里までを領海と定めるとされた事を無視し
竹島を含む、沿岸200海里を領海として宣言し、日本の漁船の拿捕や漁民の抑留を繰り返しました。これが李承晩ライン(韓国名・平和線)と呼ばれています

当時、敗戦国として日本は旧日米安保条約の中で、事実上、アメリカの植民地とされていた。
旧安保条約下では日本は国内の暴動に対して機動隊を動かすにも、アメリカ側の許可が必要という状況でした。
アメリカは李承晩ライン自体は非難していましたが、共産圏の防波堤として重視していた韓国と日本という二つの同盟国同士の交戦を承認するわけはなかった。
そのような旧安保体制の制約が、李承晩の暴挙を招いたと断言できるでしょう。
日韓基本条約締結の理由として、日本統治時代に追われた恨みから狂信的に反日を推し進めた李承晩が、クーデターにより排除された事のみが取り上げられるが。
しかし同条約が締結される前年に、日米安保条約が改正され、日本が自国の意思で自衛隊を動かせる環境が整った事実を忘れてはなりません。
朝鮮戦争で最貧国に落ちた韓国では、すでに経済のみならず軍事力でも日本に太刀打ちできず。
これ以上、李承晩ラインに拘り、日本と戦争になれば勝敗ははっきりしていました。だから朴政権はその脅威を防ぐために急遽、日本との講和条約を締結する必要が生じたのです。

その際に最大の問題として浮上したのが竹島でした。
竹島が韓国領土との論拠は何ら存在せず、国際法廷に提訴された場合は勝ち目がない。
しかしこれまで国内で竹島は韓国領土と主張した手前、それを覆す発言を行うのは、朴政権にとって出来ない事でした。
竹島のような小さな島で、友好関係を損ねるべきではないと考えるのは、日本人特有の考えであり、領土問題では一寸の譲歩も許さないのがどこの国でも当然の事です。
竹島問題の取り扱い次第では、朴政権は致命的な打撃となりかねません。
「いっそのこと爆破してしまいたい」と朴大統領が竹島に対して漏らした事も伝えられています。

しかし講和条約締結を急ぐ必要が日本もあった。
当時、ベトナム戦争の中で、多数の部隊を派遣した韓国の朴政権を支え、またベトナムで手が一杯だっただけに極東を安定させたかったアメリカが、日本に対して何らかの圧力をかけたと推測されています。
さらに李ラインで抑留された漁民の救出も、日本の政権には迫られていました。
そのため韓国側の譲歩を重ねる事になったのです。

しかしどちらがより切羽詰った状況であったかは、上記を読めば理解できるでしょう。
日本は竹島問題では徹底的に強気に出るべきでした。
それをやらなかった事が、今日まで問題を引きずる事になりました。
マキャヴェッリの君主論では「支援や寛容では相手の敵意を失わせる事は出来ない」と述べられ
韓非子には「自国の国力を見誤り、安易に外国の干渉を許す事は国を滅ぼす」と言及されています。
当時の首相・佐藤栄作が進めた日韓国交正常化は、日本外交の大きな功績と讃えられていますが、私に言わせれば大失敗です。
最貧国の韓国と国交を回復しても、日本に得るものはほとんどなく、漁民にしても自衛隊の派遣を示唆するだけで韓国も応じざろう得なかったでしょう。
このような経緯を考えれば、佐藤栄作は日本外交を駄目にした大きな罪を残した無為無能は政治家だったと言うしかありません。
これ以降の日本外交は全て同じような金による支援と謝罪の繰り返しで、土下座外交と蔑まれるまで貶められてしまったのですから。

こうした中で定められた竹島密約。
竹島問題の棚上げと、将来、経済水域の対立が生じた場合は重なる部分は共同管理海域とする事でした。
これは現在まで大きな問題となり、韓国側は密約を公然と破り、共同管理海域を占有しています。
さらに対馬の領有すら主張するまで問題を拡大している。
今一度、韓非子やマキャヴェッリの言葉を思い出していただきたい、日韓基本条約と、その背後で結ばれた密約は将来に大きな禍根となりました。

本書では、金泳三は密約の存在を知らなかったと推測していますが。
そんな事は絶対にありません。
金泳三どころか金大中ですら知っていた。金泳三の竹島占拠にしても、日本側が強硬に出ればすぐに撤退する方針だった事もわかっていました。
当時の政権、橋本政権の惰弱外交が竹島問題をこのように大きな問題とし、竹島どころか対馬や沖縄まで韓国は領有論を拡大するまで事態は悪化した。
日本外交がこのような過ちを続けていることを、皆さんは理解して頂きたい
韓国は独島は日本が真っ先に植民地とした地域と言いますが、実際はその逆であり、日本の弱腰外交が招いた屈辱の象徴が竹島と考えるべきです
決して暴露本などではない 知ったこと、感じたことが多い ★★★★☆
政治・外交のドロドロとして裏側を暴くキワモノ的なルポかと思ったが、違う。

韓国の軍人政権が、表向きの反日とは違い、日本の士官学校や満州国軍出身者の系譜で支えられていたということも事実だろう。賠償主義と揶揄された日本の政財界人との義理人情に近い密接な人脈を形成したことも事実だろう。

しかし、何よりも理解しておくべきは、祖国消滅と植民支配の辱めを受け、南北分断と焦土化の悲劇に翻弄された国民感情があったことと、最貧国から脱するためには文字通り売国の徒と呼ばれ八つ裂きにされようとも日本の無償有償の資金と技術を求めようという政治的決意があったということだ。

密約という後ろ暗い決着には、利権などという政治悪を超えた悲愴な政治的決断があったといってよい。密約が、民主政治や自由主義経済の成熟とともに継承されなかったのも歴史的必然なのだろう。

著者は、ネットで燃え上がり大デモに発展する激しやすい韓国の若い世代を「IT紅衛兵」と揶揄している。翻って、日本の若い世代を見ると、日韓の歴史に冷淡で関心が薄い。それは無知というより、実は心のうちの傲岸さがなせるものだ。お互いにもっと真摯でありたい。

仮に、文書の存在が公式に証明されても、どちらが有利となり、どちらが不利となるということでもないだろう。この問題は200海里時代を迎えてますます難しくなった。だから、例え日韓に民族主義的怨念や敗戦国の自尊心の超えがたい対立が氷解する時代がきても、もはや、帰属領有の決着は難しいだろう。今後の解決は、若い世代が新たな枠組みで取り組むしかない。

手にしたときの期待と違って、良書であった。知ったこと、感じたこと、多くを得た。

なお、稲山元経団連会長を「八幡製鉄の稲葉嘉寛社長」と誤記しているのはご愛嬌か。
確かにこの方法しかなかったと思われるが・・・ ★★★★★
『産經新聞』にロー・ダニエル著『竹島密約』の書評を鳥居民さんが書いています。重要部分を書き出してみます。

 「だが竹島で譲歩することは、韓国の国民感情を考えた場合、権威的な指導者である朴・正煕にもできなかった。『解決せざるをもって、解決をしたとみなす』という密約を結び、竹島領有の問題を棚上げして、その年、65年6月に日韓基本条約を結んだ。日本のお決まりの先延ばし外交と批判するのは易しい。だが、朴の治世18年の間に、最貧国グループだった一人当たりの国民所得が中進国のレベルにまで躍進した『漢江の奇跡』の力の土台に日韓基本条約があった」

 私もこの書評で間違いはないと思うが、もう一方で別の考え方が浮かんできてしまう。というのもこの密約は金・泳三大統領時代に裏切られてしまうからである。ロー・ダニエルは次のように書いている。

 「金・泳三大統領は、軍事政権から竹島密約の存在を申し送りされていなかったのだろう。密約について死ぬまで秘密にするとした当事者の中で、金・泳三と言葉を交わせる人間はいなかった。朴大統領の下で、外務長官や駐日大使などの実務レベルの『雇い』たちに詳しく話しておかなかったために、その後の官僚たちがその内容を知るはずもなかった。金・泳三政権は意図せぬ『不作為』から竹島密約を破ることになったといえる」 248頁

 中国との尖閣諸島問題でも日本は日中国交回復のときに曖昧にしておいて、後に中国は国内法に尖閣諸島は中国のものと一方的に書いてしまった。どちらの場合も韓国や中国が国力を回復した後になって密約を一方的に破棄してしまったのである。そこで日韓基本条約が結ばれた時代は日本の方が圧倒的に力が強かったのだから、日本がもっと強く出るべきではなかったのか、という考えが出てくるのである。同様のことは中国にも当てはまる。

 ロシアとは北方領土を密約にして平和条約を結んでいないことを加えて考えれば、中国と韓国の場合は日本の「アジア主義」が関与しているのではないか。