ペレストロイカ初期の希望の雰囲気漂う青年らしさ
★★★★★
「神様は すべてのひとに公平に才能を与えられた、なぜなら 誰もが等しく、自分は正当に評価されていないと 思っているからだ」と言う言い方があるが、ペレーヴィンの書き方はこれを思い出させる。 受け止める側の感覚から与える主体を浮かび上がらせる。 登場人物(?)の虫たちの描写は極めて精緻で、ファーブル昆虫記のようでありながら、蝉だったりゴキブリだったりする。その青年たちは 本気で光に向かって最後まで行きたいと願う。一歩一歩光をめざしていくのに闇に落ちる。自分の中で大切だと感じているものが自分を光に駆り立てる。虫たちの会話に引き込まれる。カモメが舟と同じ早さで飛んでいて、羽をぴくりともうごかさないのは、まるで 目に見えないモスクワ芸術座があって、その幕についているシンボルマークのようだった、などと、モスクワ芸術座という辛気くささとかけ離れた場面にカモメマークを持ち出してみたり、 ポストモダニズムってのは ポスト(守衛所)でじっとしているのが退屈で考えついたんだ、という説。なんの変哲もない当たり前の文脈の先にとんでもない続きがあったりする楽しさ。つい人間だと思って話についていくと「その手は短く強い毛に覆われた膜質の腹部第一関節に触れた」という具合に虫の世界に引き戻される。日常の有象無象から離陸できるエネルギーがある。