社会派推理時代の貴重な一冊
★★★★☆
著者、水上勉は、現在の私たちにとっては、
文芸作家の巨匠というイメージですが、
デビュー当初は、社会派推理小説を書いており、
そうした時期の昭和37年に発表されたのが本作品です。
舞台は、東京・神田岩本町。
繊維問屋が軒を連ねるこの町に
婦人服問屋「ローヤル商会」はありました。
社長・桑山実治と専務・宇佐見重吉のもとを訪れた
市村商店・須山恭太郎を名乗る男。
彼は、「ローヤル商会」が抱える
大量のストックを捌く方法を示唆し、
二人はその商談に乗りますが、
これが詐欺によるもので、
多額の不渡り手形を残し、須山は失踪します。
そして舞台は一転し、
茨城県の牛久沼で釣り師姿の死体が発見されて…。
以後、物語は、
茨城県警の捜査一課、車谷政市刑事と、
警視庁捜査二課の遠山利助刑事の捜査を
中心に展開していきます。
捜査の手法は、
社会派推理らしく足を地で行く地道なもの。
しかし、殺人事件を追う車谷刑事と、
詐欺事件を追う遠山刑事の捜査が
並行して描かれることで、
物語に起伏を与えているのは、
著者の小説作法の巧みさといえるのではないでしょうか。
ふたりの刑事の捜査の行き着く果てに見えてきたのは、
意外な犯人像でした。
でも、本作品で特に印象に残るのは、
「眼」についてです。
題名としているだけあって、
著者の核心となるアイデアが込められています。
「異様な」という形容詞をつけたくなるような
「眼」の使われ方に、読者は驚きを感じることでしょう。
「解説」を読むと、
著者は、社会派推理作家と呼ばれるのは、
本意ではなく、実際、
社会派推理から離れていったようですが、
本作品は、その後の活躍の礎ともなる
力量の一端を垣間見ることのできる
貴重な一冊といえるのではないでしょうか。