特にドラマチックな出来事が起こるわけでもなく、本当に静かな物語でした。強いて言えば「子供のころ誘拐された」お話がドラマチックなのかもしれませんが、真相はともあれ、それもなんだか心温まるエピソードといえないこともなく…。
主人公の果那が、ちょっと甘えすぎなんじゃないの?!と思う感もなきにしもあらずでしたが、それもまたよしということで。(だって大騒ぎして結婚したわりに結局すぐ離婚して、でもそこで修羅場もなく、どろどろすることもなく、実家に戻って、好きなことやって暮らして、それがうまいこと仕事にもなって、周りの人間にもめぐまれてて…。うらやましいくらいのものではないですか!)そんなわけで、帯にあったように「生きていくことのいとおしさが胸にこみあげる」ほどのことはなかった私ですが、でもこの透明な感じ、きらいじゃないです。
タイトルは「かなしみの場所」ですが、悲しくはないです。この「かなしみ」が確かにひらがなの「かなしみ」の感じだなぁと、そう思いました。
果那さんの眠りというのが、この作品の重要なモチーフになっていたように思います。「梅屋」では引き込まれるように眠りに落ちてしまう果那さん、自分では気づかないのだけれど、眠りながら寝言を言うのです。それがどうやら、過去に起きた出来事と関わりがあるということが分かってきます。果那さんが夢の中で見る景色は一体どんなものだったのか、そしてそれはどんな色に染められていたのか。
果那さんが夢の中で見た景色と、その色合いの優しさ。読み終えて、それがゆっくりと私の胸の中に広がっていく感触。なつかしくて優しいもので満たされていくような味わい。“生きていくことのいとおしさが胸にこみあげてくる”ようなあたたかさと、しみじみとした静けさ。それがとても素敵でした。
水上多摩江さんの装画と、松岡史恵さんの装丁もいいですね。心にそっと静けさを運んできてくれる、そんな優しい色合いが、作品のたたずまいにとてもしっくり重なるみたいです。
まん中に描かれた“三日月の舟”が、またいいんだな。本書の最後の一頁を閉じた後に、この“三日月の舟”を、そっと心に浮かべてみたくなりました。
本のタイトルは「かなしみの場所」となっているが、私には梅屋は居心地の場所に思えた。慌ただしい日々の中で、そこだけが空気が違うような気がした。そんな梅屋を中心に、様々な人々の、それぞれの人生が綴られていく。こんなにも言葉を心から抱きしめたいと思ったのは久しぶりだ。
読んだ後、切ないような、やっぱり静かな時間に包まれた。