本書は、紀州藩の家老職にあった上級武士と、侍読兼医師であった比較的下級の武士の日記を中心に、この時代の武士の日常生活から、当時の武士の行動、精神、素顔がどのようなものであったのかに迫ったものである。
藩内の領民を餓寒から守ることが、藩政の根本であったのは、それを為し得ない場合、藩自身が取り潰されてしまうという功利的な理由でもあった。
しかし、藩主の中にはそのような自覚のないものもあり、或いは、幕府から課せられる様々な普請などの物入りに、家臣である武士は、汲々として苦労の耐えないこともあっただろう。
その意味では現代社会のサラリーマンにも通じるものがある。
無味乾燥で一律的であったと思われがちな当時の武士達だが、本書には、実は、自我に目覚め、立身出世に励んだり、あるいは勤務を過怠して、その罰により家禄を減じられるなどの人間味のある武士像が描かれている。
当時の婚礼の習俗、政略結婚によって失われた恋愛、子供に対する溺愛といった、人間的な面の描写、あるいは、花見、芝居見物、といった当時の武士達の娯楽なども、活き活きとしており面白い。
このような日常生活を追うことから、当時の武士の精神生活への類推へと進み、「葉隠」の死生観への分析に至る視点など展開も多様である。更に「武士階級」に関する研究が深まることを望みたい。