デビュー作が新人賞を取り、どこの書店でも平積み。使っても使っても印税が入ってくるのでお金には困らない。そもそも小説を書いたのはお金のためなんだ。金が世界を動かすんだ。そう宣(のたま)い、遊んでばかりでまったく書こうとしない作家「ぼく」の行く末は?
各章ごとに異なった文体と視点をうまく用い、海藤が感じていた混乱と破滅への確かな手ごたえを見事なまでに描いている。あくまでもフィクションなので、主人公の海藤正夫は作り出された人物ではあるが、ある種の作家の素顔を描いているようにも思える。「しかし今だに、ぼくは相も変らず小説を読みつづけている。そしてデビュー作以後一度として売れたためしのない小説を書きつづけている」。こんな感じ方をしている小説家、小説家のたまごは世に多くいるに違いない。
解説によると、著者はとあるインタビューで次のように答えている。「作家がいればそれが酒飲みで、女にも強い。そうあったらいいな、という願望を小説に書いているんです」。
海藤正夫は、ある意味、理想の作家像ともいえるのだろう。作家とは何か、書き手としての「ぼく」海藤の存在意義、苦しみとは。そんなことまで考えさせられる1冊だ。(つちだみき)