現代に甦る大杉栄。今なぜ、大杉栄なのか。胸が熱くなる結末
★★★★★
中森明夫氏は名前を聞いたことはあったが、その文章をちゃんと読んだのは初めて。何でも著者初の純文学作品とか。普段、お気に入りの著者のものを読むことの多い私は、あまり知らない作家の小説を読むことはないのだけど、この本については、とにかく、この題名と大杉栄が主人公だって知ったときに、読むことを決めていた。
あらすじ自体は単純明快。ウサン臭い霊媒師のところにいって、セックス・ピストルズのシド・ヴィシャスを呼び出そうとした主人公の17歳のパンク少年、シンジだったが、なぜだかそこに現れたのは、関東大震災の時に甘粕大尉に伊藤野枝とともに虐殺された、アナーキスト、大杉栄で、その大杉栄はシンジの頭の中に居座ってしまった。シンジの体を使って、大杉栄は、100年後の日本や世界の状況を知るのであった...
あまりひねりもなくて、一直線にラストシーンまで突っ走る。その疾走感がたまらなくいいんだけど、それ以上に、随所に挿入される大杉栄や彼の近辺にいたアナーキスト、無政府主義者、たちのエピソードが非常に面白い。
日本の歴史の教科書では、大杉栄の虐殺事件や幸徳秋水らの大逆事件についても簡単にはのっかてはいるが、詳しくは触れられていない(少なくとも私が小中学生の頃は学んだ記憶はない)。私自身も、ほとんど知らなかったが、高校時代、大学時代にアナーキズムに多少関心を持って、何冊か関連の本を読んだぐらい。その中には竹中労氏の著作もあって、大杉栄自体には親近感を多少持っていた。
そんな、大杉栄が現代に甦り、少年の体を借りて暴れまわるこの小説は、大杉栄という人物が、単なる過去の思想ではなく、生きた生身の人間として実感でき、とっても感動したし、嬉しかった。さらには現代の実在の人物たちを織りまぜて、痛烈な現代社会への批判を行うところは、特に痛快だった。
パンク少年でもなく、政治的なことにもほとんど関心がない自分の中にも、絶対自由を求めるアナーキーな部分がまだ残っていたことに気付かされたことに驚きだった。
特に、ラストのシンジたちのバンドが歌うシーンには不覚にも涙が出てきた。
文学作品としての評価がどうなのかは分からないけど、私の中では今年度ナンバー1の小説だった。今、なぜ大杉栄なのか、アナーキーなのかをじっくり考えたい。