遣欧米特命全権大使の1871年の冬至から73年秋までの1年9ヶ月と21日にわたる米欧回覧全行程のうち、この第1巻は、横浜出港からアメリカ滞在を経て大西洋横断までの8ヶ月弱の記録です。そもそも本書は、明治政府として、米欧回覧で岩倉使節が得た知見をひろく国民に知らしめる責を果たそうとして出版されたもの。この使節一行が何を見て、何を国民に知らそうとしたかが手際よく簡潔に(それでいて全体は文庫本5冊)美しい文語文で書かれています。
この回覧実記は、使節が見聞したこと、興味を引かれたことを、できるだけ客観的に書こうとしつつ(これは、もうリアリズム)、使節の目的に沿った考察もしっかりしています。ですから、読者の興味・関心・立場などによって様々な読み方ができます。たとえば、使節がアメリカの自然、あるいは資源をどのように見てそこから何を考えたか、を読みとることもできます。130年を隔てて人文・地理の異同は何か、と読めば、アメリカ旅行のテーマにもなります。岩倉使節の旅をそれぞれのやり方で跡づけること=「『実記』紀行」が可能です。それは、この巻だけでなく以降の巻にもいえそうです。
また本書は、カタカナ・漢字の美しい文語文で書かれています。最初は難しく感じても読み進むうちに慣れてきて、叙述がリズム良く流れてゆくようになり、しばしば、何と力強く美しい文章だろう、と思うようになるはずです。安野光雅さんは、ご自身の著書「青春の文語体」でこの本を取り上げてその文語文を推賞しておられます。私も同感です。