ただし、真相が明らかになりつつある「下山事件」(平塚は自殺説)や「三億円事件」(平塚は単独犯説)に関しては、名刑事の誇りと直観が災いして事件の真相究明をさまたげた印象を受けた。
さらにいえば、身に覚えのない罪を「白状しろ」と警察に迫られた経験のある身としては、「帝銀事件」を「平沢しかありえない」とするある種の割り切り方には、恐怖を覚える。刑事にとっては、自白してくれた被疑者ほど可愛いものはないのだ。平塚のコメントを読んでいると、平沢の日本画の巨匠としての肩書きが気に入らなかったのではないかと思えなくもない。
こうした弱点は、著者からの明確なコメントがあれば、かなり補えたはずで平塚のコメントをただ取捨選択しただけという内容は、資料としては、興味深いが読後感は、釈然としないものが残る。
「『現場百回』というのも、できるだけ多くの疑問を引き出して、ひとつずつそれをつぶす、そういう意味なんだな。」
「疑問があったらとことんやれってことだ。」
という言葉のとおり、
事件の現場や、目撃者、身内、遺留品などに、
とことん調査をしていく様子が語られていて興味深いものとなっています。
平塚八兵衛刑事の理知的な捜査方法や、一つ一つの行動の合理的で緻密な様子が語られています。
吉典ちゃん事件の犯人が盗んだと証言した「シミモチ」は存在しなかったこと。
帝銀事件で使われた名刺の出所をあたり128枚行方を捜して東北から北海道をまわり回収したこと。
下山事件での目撃者の証言の数々
が親しみやすい語り口で説明されていて、迫力があります。
とくに、興味深かったのが三億円事件でした。
遺留品のトランジスタメガホンの塗装をはがし、しみじみながめていたらマウスの部分から新聞紙のうっすらとしたあとをみつけた。
文字の配列からサンケイ新聞の43年12月6日朝刊婦人欄「食品情報」婦人欄ということを割り出した。
紙質から大王紙をつかっていることをつきとめ、そこから輪転機をたどって、配達地域を限定した。
という場面など、地道ですが迫力がある捜査の様子がたくさん語られていてどの件もとても興味深いです。
それぞれに現場の状態の図や、脅迫状、新聞掲載の写真などが載っています。
期待していた以上にとても面白い本でした。
再出版に感謝します。