新書というと本当に初心者向けの教科書程度ものだったり、作者の体験・意見に偏したエッセイに近いものも多い。その場合は読み上げてもそれぞれの意味で日銭身銭の知識を得ただけの気がすることもある。
この本には専門の人には自明のことでも一般には知られにくい知識がつまっている。そして文章は普通の人にも読みやすい。良心的なつくりだと思われる。
その上、伝えるべき知識より作者が前面に出すぎて興ざめすることもなく、かつ無味乾燥とは遠く、作者がポイントポイントに顔をだし、垢抜けたコメントを表すことですばらしいバランスを保っている。
姉妹編の『コーヒー・・』のほうは文章が講談調でいただけないという評もあったが、こちらは完成度が高く、そんな印象はない、と思う。
日々大地を傷つけ、動物を殺し、食物を得ていく歴史が人間の意識に神話として伝説としてどう表れたかが楽しく学習できるように述べられる。そして、最後に人間のこころに残るのは、ゆかりあったあの人がパンをさいてくれた懐かしい姿なのだ。じつはパンのみにて生きるのにあらず。ドイツ語では食も生(ビオス)を名乗るが、像も生(ゾーエー)を名乗る資格を持っている。文豪風に書くと「於母影」、人の像、記憶も刻々と変化しパン種のように豊かに膨らんでいくとしめくくられる。