民謡を採取に田舎に赴いたバルトークが、税金でも取られるのではないかと心配する農民相手に「古い歌を歌ってください」と懇願するシーン(pp.44-49)が秀逸。これは彼の手紙からとられたものだが、ナショナリストとしての指命に燃えるバルトークが、終いには「こんなことにはもう耐えられない。馬鹿げている。忍耐、我慢、辛抱-みんな糞くらえだ-もう家に帰るよ」というあたりは、アタマでっかちの活動家が、民衆にやんわりとしかし厳しく拒絶されるということが、どこの世界でもあるんだな、ということを思い起こさせてくれる。
そして苦労して研究した成果を発表すると、右翼からの批判にさらされる、というのも哀れだ。また、論争の中で熱くなったバルトークがハンガリーの文化的優位性に言及してしまうあたりも「ナチスに敢然と抵抗し、諸民族の共存を願った」というイメージにそぐわない(pp.90-91)。でも、こんな言葉を思わず発してしまうバルトークは好き。後半のハンガリー音楽=ジプシー音楽という通念をめぐる音楽的な論争は正直、よくわからない。