一番面白いのは就学者自身だ
★★★★☆
前作「素数の音楽」というノンフィクションが面白かったので読んでみた。
しかし本書の柱となるべきフィクションである自伝的な話が、枝葉のはずの「シンメトリーの地図帳作りに関わる数学者のノンフィクション」に負けている。もう、それは可哀相なぐらい圧倒的に負けている。でもそれで良かった気がする。作者もそう思っているに違いない。作者の本領は、数学の歴史を通してその魅力を語ることにあると思えるからだ。
本書では「シンメトリー」というキーワードで、タイルの模様に始まって音楽や生物、そして分子構造にまで話題が広がる。前作に比べると数式が多少登場するのだが、まったく気にすることはない。それよりも作者を含めた個性豊かな学者たちの、研究をする環境や時代に伴う運命的なドラマや、そもそもいかにこのテーマに引きつけられて、一生を捧げて探求していったかという過程が一番面白かった。
抽象性を乗り越えた(我慢した)先にある本書の面白さ味わいたし
★★★★★
残り300ページ近くは一気読みするほど釣り込まれた。純粋数学の抽象性に途方に暮れながらも「面白かったなァ」と感動と充実感にひたりながら、デザート感覚で訳者あとがきを読んでいたら、“前著『素数の音楽』”という表記を見て呆然となった。僕はこの人の本二冊目だったのか。全く内容を覚えていなかった。興味を覚えて手に取ったことすら失念していた。前にも新潮クレスト・ブックスで数学の本を読んだことは覚えていたが、本書を読んでいてとうとう筆者が一致することなく、すごく新鮮な面持ちで読了した。きっと二、三冊小説か何かを読んだら「シンメトリー」だとか「モンスター」だとか記憶の空虚に去り行くのだろうが、数学の門外漢でも群論の神秘性にとりあえず今、ときめいています。
まるで浅田彰が書いたような
★★★★★
というのは、変な表現だが、誉め言葉である(これだから80年代世代は)。
非常に多岐にわたる論点を鮮やかなレトリックでまとめあげた数学の一般向け読み物である。
数学読み物は、ここ数年スマッシュ・ヒットを連発している分野だが、本書はその中でも
とりわけ優れている。
扱われている内容は、基本的に3つ。
1.群論の歴史的な解説(ガロワまでは歴史に重きをおいて、19世紀以降は数学的な内容に
踏み込んで)
2.美術・音楽に現れたシンメトリーの具体的な解説(アルハンブラ宮殿の文様やゴルドベ
ルク変奏曲について)
3.ある年度の9月から8月までの著者自身の研究者としての一年(生い立ちをフラッシュ
バックしつつ)
情感あふれる美しい紀行(シナイ砂漠、沖縄、グラナダ等々)を交えながら、以上の多岐に
わたる内容を一冊の本として非常に見事にまとめあげている。ところどころのハイブロウな
引用(ボルヘスの中国の百科事典、あるいは生物学者ランディ・ソーンヒルの研究)が、実に
スパイスとして決まっていて、表題の感想となった次第です。
これは訳者の富永星さんの仕事の見事さでもあると思います。
豪華なディナーをゆっくり味わうような読書でした。文句なしの楽しさです。