本書では,これらの謎を解き明かしてくれた.
かつての路面電車はスピードも遅く,自動車による交通量の増加に対して渋滞の原因となっていたことは否めない.しかしながら,自家用車の面積的な効率の悪さと環境への負担の大きさが,欧米における路面電車への回帰を生んでいる.路面電車を市街地に走らせることによって,シャッター通りと化した旧市街の再開発という副次的な効果も生むことができる.
本書を読んでいると,日頃から感じている日本の社会政策の負の側面がよく見える.私の家族は誰も車を運転しないので,多くの高齢者と同様に,自家用車保有を前提とした郊外型大規模店舗の発展とそれに伴う中心市街地の衰退には不都合を感じている.本書によれば,自家用車を運転できない交通弱者に対する公共交通サービスは,移動の自由すなわち「交通権」の保障である.したがって,路面電車の独立採算は,結果として実現されることはあっても,前提条件とはしておらず,補助金により賄われているという.道路には無限に金を費やすが,鉄道やバスといった公共交通に独立採算を強いるわが国の政策は,土建国家ニッポンの名に相応しく,本格的な高齢化社会を見据えた方針転換が必要ではないかと感じる.
その頃、既にヨーロッパでは路面電車の見直しが始まり、「新しい」乗り物へと生まれ変わろうとしていた。自動車による大気汚染・騒音の環境問題、慢性的な市街地の交通渋滞等の20世紀の都市が抱える諸問題を解決する手段として・・・。(自動車による外部不経済については、宇沢弘文『自動車の社会的費用』岩波新書,1974年が詳しい。余裕があれば、岡並木『都市と交通』岩波新書,1981年の御一読もお薦めです。)
この書は、ストラスブール・ポートランド等の欧米を中心とする諸外国の路面電車復活・敷設による事例紹介や経済政策的な効用及びデータ、都市政策(路面電車を活用した街づくり)の可能性を紹介している。また、そのデータには、路面電車を廃止した都市のデータをも含んでいるのが興味深い。
さらに、日本国内の新たな動きも紹介している。
日本で初めて路面電車が営業運転した京都では、京都市電・京阪京津線(京都-浜大津(滋賀県大津市))が廃止され、嵐電こと京福電車・嵐山(らんざん)線のみが残されているだけである。
現在、その京都で市民から産・官・学から、路面電車の復活を期待する声が高まっている。路面電車は決して古い乗り物ではないのである。
この疑問を解いてみようと、本書を手に取った。
路面電車の復権こそが、街並みをも変えていくことが、非常にわかりやすく述べられている。キーワードは、「MAFFIA」。
Medium capacity transit 連結運転でバスより大きい輸送力。
Accessibility バリアフリーで乗り降り簡単。
Frequency 5分に1本、「待たずに乗れる」。
Flexibility 乗り換えなしで、郊外と市街地直結。
Inexpensive 建設コストは地下鉄の約10分の1。
Amenity 市街地が楽しく便利に生まれ変わる。
このキーワードに沿って、サンディエゴ、ポートランド、ストラスブールなどの事例が紹介されている。どこの都市も、現在日本の中核都市が抱える、中心地の空洞化という問題を経験した。その問題を路面電車が解決していったというのだ。それは、行政(特に地方自治体)と住民が一体となって、路面電車を中心とした街づくりが進められた。ここに日本の中核都市の街づくりのひとつのヒントが隠されている。もはや、行政だけが主導する郊外開発型の街づくりも一定の限界点に近づきつつある。今度は、空洞化した中心街の再活性化である。そのための一方法論を本書は、見事に提起している。岐阜市の人々にも是非読んでいただきたい一冊である。