鈴木正人(リトルクリーチャーズ)・渡邊琢磨(コンボ・ピアノ)・エッセイストや翻訳者としても活動する内田也哉子で結成された
ユニット「サイボート」5年振りの2作目。
前作のデビュー作は、如何にも音楽偏差値の高いメンバーで構成されるユニットの作品らしく、知的・洗練さを感じる電子寄
りポップス集だったが、肝心の楽曲に強く惹かれるものが無く、サウンドもやや一本調子のような気がして長い愛聴盤にはな
らなかった。
それから5年、3人が久々に結集し創られた本作は、前作よりも表現手段としての音楽の幅広さ・旋律が記憶に残る良質な楽
曲・バンド演奏の逞しさ等あらゆる面で数段強力になり、より幅広い層に受け入れやすいポップさを増した力作となった。
本作は全10曲。全曲の詞を内田氏が、曲を鈴木・渡邊両氏が担当。詞は終曲の｢discord｣を除き、全て英語で歌われる。

まずユニットの看板とも言える内田氏の声が良い。実に淡々と言葉を紡ぐその声は、情感のべたつきを全く感じさせないクー
ルな装いだが、かと言って感情の抽出に乏しいわけではない、という絶妙なバランスを保つ。一言で言うと｢心地良い｣のだ。所
々に挿入される多重コーラス部分では不思議な爽やかさ・ほのかな甘さまでも感じさせ、無意識に聴き入ってしまう。

そして今回特筆すべきは音楽の多彩さだ。冒頭の｢space out girl｣でのロック風味を含んだ逞しいバンド隊の演奏を聴いた時
点で、前作からの変化を感じる。今流行のフォークトロニカ風情にて複雑な和声感覚を駆使したサビが病みつきになる｢intern
al landscape｣、簡素なピアノループ・生ドラム・ボーカル・ベースの組合せで奏でられる甘酸っぱい旋律に心が揺らぐ｢alpha
bet｣、驚く程ポップでキャッチーな｢day one｣、唯一日本語で歌われる内田氏の独特の発音と、メランコリックなピアノ・フレー
ズが素晴らしい余韻を残す｢discord｣…と曲調やサウンドの幅広さで見事に起伏をつけ、通して聴くと一つの流れとして見事に
纏まっているのが分かる。

勿論曲者揃いのユニットらしく、全編に渡る緻密な音加工処理・渡邊氏のジャジーピアノが豊潤に響く絶妙なマスタリング技術
等、細かい箇所への拘りも健在だが、何よりも揃えた楽曲のクオリティが大幅に向上しているところが大きい。どの曲も聴き手
の記憶に残るポップな旋律をたっぷりと詰め込み、前作の様に知的さが鼻につく処もない。胃もたれを感じさせないすっきりした
サウンド設計も手伝い、何回でも聴きたくなる中毒性を秘めている。

特に大きな衝撃のある作品ではない。しかし程良い実験性を秘めながらも、じっくりと長く愛聴できる大人の為の優秀なポップス
集として是非お試しいただきたい。