壮大な思考実験
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人間、よほど徳の高い人でない限り、日々これ自己の内面でくすぶり続ける劣等感との戦いで
ある。
なんで俺は貧乏なんだ!なんで俺は学歴がないんだ!なんで俺は女にモテないんだ!なんで
俺はこんなにキモい顔なんだ!なんで俺は背がちっさいんだ!なんで俺は未だに童貞なんだ!
なんで俺は!俺は!俺は!俺は!
挙げだしたらきりがないそれらを突きつめていくと、君はいつしか「全部、俺が悪いのではなく
社会が悪いんだ!」という結論に達することだろう。
しかしそんな結論、君が最初にたどり着いたわけでもなんでもない。200年以上前にルソーさん
が出しておられる。
これは当時ルソーが社会契約論執筆に至った重要なプロセス、「人間はいかにし“不平等”に
なったか」を考え抜いた本だ。注意が必要なのは、本書で彼がとりあげる「自然の状態」が、
実際にあったかどうかは定かではないということ。そして実際にあったかどうかは、実は重要
ではない。
これは、今まさに存在する世界から「社会」「共同体」「家族」「言葉」といった概念を取り除いて
いき、最後に残った絶対零度の人間、自己保存の欲求と他者への哀れみの情のみを宿す「野生人」
の世界は「いかなるものになったはずか」を考える、一種の思考実験だ。
そこからルソーは、人間は成熟した社会を形成し始めたときに、同時に「退歩」をも始めたと
いう結論に行き着く。
「社会で生きる人間は、つねに自らの外で生きており、他人の評価によってしか生きることが
ない。自分が生きているという感情を味わうことができるのは、いわば他人の判断のうちだけ
なのである」(188p)
おっしゃるとおりです。
思った以上の傑作。
★★★★★
ルソー初心者の私にも非常に楽しく読めました。
自由と人間を絶対視しすぎているという感じがありまして、その点がどうかとも思ったのですが、解説を読むと、当時のジュネーブの政治状況とか、ルソーの考えていたことなんかが明瞭になります。
極めて良い本です。
是非一読下さい。
切れのよい訳文が、適切な小見出し付きで
★★★★★
『人間不平等起源論』は中篇だが、数あるルソーの著作の中でも、彼の思想の全体像が見事に表現された傑作である。『エミール』や『新エロイーズ』もとても面白いが、なにしろ長い。『不平等起源論』には、「野生人」「言語の起源」「憐れみの情」「社会や道徳の起源」「所有と階級の発生」「文明人の悲惨」など、ルソーの思想の核がバランスよく語られている。75年にわたって読み継がれてきた本田・平岡訳(岩波文庫)も読みやすい名訳だったが、今回、中山元氏による詳細な解説が付された新訳が現れた。原著には実質的な目次がないので、訳者の小見出しはとても有用。旧訳と比べてみよう。「実際、これら一切の相違の真の原因は、次のようなものである。つまり、未開人は自分自身の中で生きている。社会に生きている人は、常に自分の外にあり、他人の意見の中でしか生きられない。そしていわばただ他人の判断だけから、彼は自分の存在の感情を引き出しているのである」(岩波文庫、p129)。「野生人と文明人の違いを作り出している根本的な原因は、まさにここにある。野生人はみずからのうちで生きている。社会で生きる人間は、つねにみずからの外で生きており、他人の評価によってしか生きることができない。自分が生きているという感情を味わうことができるのは、いわば他人の判断のうちだけなのである」(中山訳、p188)。