とても誠実な本である。自分自身や研究内容を一般の人々に理解してもらおうと誠心誠意心を尽くしている。著者のそんな人柄がにじみ出た文章は非常に好ましく、素晴らしい。難しい研究を解説する第2章は簡単には読み進められないだろうが、それでも熟練のクライマーが絶壁を登るように一歩一歩着実に解説してくれるおかげで、理解に苦しむことはないはず。むしろ、高分子が壊れずに気化するレーザー光の当て方を、ある失敗から発見する経緯はとても興味深かった。やや残念なのは第3章。講演の聴衆を対象にしたために、山根一真による対談は第2章の内容をかみ砕くことに終始し、研究の深みを引き出すまでには至っていない。
一般読者にとって最も面白いのは第1章に違いない。「隔離室」に逃げ込んだ受賞の日や、のこぎりの目立て職人である父を持った家庭環境、島津製作所でエンジニアとして過ごした日々――。この自伝を読んで、「生涯一エンジニア」を貫く著者が実に魅力的な人間であることをあらためて思い知らされた。また、独創性と創造性についての考察は必読だ。「ネクラ」と呼ばれたこともある著者が、現場を支える理系の人々をもう少し尊敬してほしいと真摯に訴えるくだりには思わず胸が熱くなった。(齋藤聡海)