何故か、それは恐らく安吾が「聖と俗の混淆」を描ききることの出来た数少ない作家の一人であるからではないだろうか。安吾は時代を凛と見つめる冷徹な目と、時代の中に自らの身を浸し、漂う優しい目、その二つの視点を持っていたように思う。
そしてその2つの目で時代を的確に、また「感傷的」に見つめることによって「白痴」のような小説を書き上げ、「堕落論」などの珠玉のエッセイを残しえたのであろう。