猪瀬氏は『井伏さんは悪人です』という太宰の唐突な言葉の謎を導きの紐として、そこに日本近代の軋みを見、日本文学史の狭隘さを重ね合わせて、作家という不可解な「存在」を紐解いていきます。
作家の周辺や当時の時代状況も丹念に取材されており、読み応えは充分です。ぜひ一読を。
太宰についてはこれまでネガティブなイメージ(暗い、線が細いetc.)が先行したが、同人誌を主宰発行したり、芥川賞獲りに執着するなど“go-getter”で野心家な一面は初めて知った。さらに地主の息子のくせに社会に迎合しようと、プロレタリア風の作品を書いたり共産党活動を援助するなど、結構ミーハーで意外であった。
また「一連の自殺未遂はあくまで“狂言”で、太宰は本当は生きたかった(但し最期は相手の女性が一枚上手で逆にはめられた)」とする著者の説は説得力があり、案外真実ではないか。それくらいこの本の太宰はしたたかで自己本位で、私だったらこんなエゴイスティックな男とは付き合いたくない。一方で「だから魅かれる」人の気持ちも何となくわかるような気はするが。やっぱり太宰はアンチ・ヒーローなのだ。
そしてなぜ太宰は「井伏さんは悪人です」という遺書を残したのか?この謎に迫るべくサブ・テーマで太宰の師・井伏鱒二の人物と作品が掘り下げられ、教科書にものるほど有名な「山椒魚」「黒い雨」「ジョン万次郎漂流記」の創作秘密が暴かれる‥‥
実は私は、これまで太宰の本を“正式に”読んだことがない(昔、「走れメロス」を国語の授業か何かで読んだ記憶はある)。この本のお陰で彼の著作に興味がわいた。二重に楽しめそうだ。