大和路・万葉の花の魅力を鮮やかに
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写真家入江泰吉は、万葉大和の故地を幾度となく訪れ、四季のたたずまいを撮り続けた。本書は、花のいのちの真髄を捉えた入江作品に、万葉集研究の第一人者中西進が万葉歌とその解説文を添えたもので、万葉花さんぽの魅力は倍加している。
万葉びとが自然に親しみ、季節の移り変わりと一体となって暮らしていたことは、誰でもよく知っている。身近な植物を詠んだ万葉の名歌を思い出すとしたら、まず春の訪れとして次の名歌であろう。「石ばしる垂水の上のさ蕨の萌え出づる春になりにけるかも」
もちろん、蕨の写真と一体になる。その写真たるや、ただの写真ではない。早春の淡く、穏やかな陽射しがバックに据えられ、蕨が少しずつ萌え出す、微妙な動きさえ感じられるのである。この写真は決して静止画ではない。スローモーションの映像だ。
入江作品が生き生きとして、伸長するいのちを表現しえているのに呼応して、中西解説文がまた生き生きと、次のように文章に奥行きがあり、いのちの躍如たるものがある。
蕨はしばしば、生命の伸長を示すものと見られていた。たとえば、九州の装飾古墳とよばれる古墳の壁画に「蕨手文」という模様がある。蕨の芽がくるくると巻いたように描かれている。だが、これは生命が無限につづくことを願った祈りの文様である。
このように、季節季節の花、夏の花…紫草・蓮、秋の花…萩、薄、冬の花…つらつら椿など、約五十種、歌は六十首ほど鮮やかに紹介されており、万葉花さんぽに役立つ小冊子と言えよう(雅)