1930年代の大恐慌期のアメリカ中西部。母を自動車事故で亡くして孤児となった少女アディ(テイタム・オニール)は、母と付き合っていた詐欺師のモーゼ(ライアン・オニール)に連れられ、ミズーリにいる叔母の許まで旅することに。道中、ちゃっかり者のアディと、そんな彼女に助けられながら詐欺セールスを続けるモーゼ。いつしかふたりの間には、本物の親子のような愛情が芽生えていくが…。
『ラストショー』のピーター・ボグダノヴィッチ監督による珠玉の名作。30年代のヒット曲「ペーパームーン」の歌詞さながら、張りぼてだらけの中で心だけは本物というテーマが、この擬似親子関係の交流から切々と漂ってくる(とはいえ、演じているふたりは実際の親子であった)。モノクロ・スタンダード画面の慎ましやかさが、作品の内面からあふれる情緒を増幅してくれる。子役のテイタム・オニールは本作品でアカデミー賞助演女優賞を受賞。(的田也寸志)
秀作
★★★★★
純粋に秀作。脚本も配役も最高だし、非常に面白い映画。
T・オニールの天才的な演技に驚愕させられた。憎たらしいほどうまかった。助演女優賞まで受賞してしまい、彼女のキャリアの頂点が早すぎた。共演した実の父親R・オニールを完全に食ったテイタム。
彼女はその後、テニスプレイヤーのヤンチャ坊主のマッケンローと結婚、子供を3人もうけたが、離婚。ドラッグで逮捕など、早すぎた成功、子役の悲劇そのままの人生。
また、70年代は、やはり子供時代から大スターだった、M・ジャクソンと、子役から成功しすぎた心の痛みを分かち合うように交際していた時期もあった。
裏話はともかく、モノクロで撮影された映像美、脚本の素晴らしさ、「ペーパー・ムーン」の歌詞さながらに、嘘でも信じれば真実になる・・ラストは暖かでさわやかな感動をもたらす。
実際に本当の親子である二人が、他人で偽物の親子を演じる詐欺師という設定の面白さ。詐欺師の男と少女の絶妙なやりとり。
聖書を売り歩く際のとっさの少女の頭の回転の早さと嘘は見所。
小品ながらじんわりと心に残る作品。
偽モノを信じた少女
★★★★★
原作名『アディ・プレイ』が気に入らず『ペーパー・ムーン』に改題したらそちらの方が有名になってしまったという。(愛妻ファラ・フォーセットを○で亡くし現在家庭環境はメチャクチャな状態にある)ライアン・オニールとその実娘テイタム・オニールが、本当の親子だかどうだかいまいちはっきりしない偽モノ親子モーゼスとアディ役で登場している。
新聞の死亡記事をみつけてはその家族に聖書を売りつける詐欺師モーゼが、交通事故で母親を失った少女アディを親戚の家まで送り届けるというロード・ムービーとなっている。試写で本作を見たヴェンダースが、同時期に公開が予定されていた自作『都会のアリス』とあまりにも内容がかぶっているため、脚本に修正をくわえたという逸話も残っている。
テイタム・オニールが史上最年少アカデミー助演女優賞を獲得した本作は、その練られた脚本もさることながら、1935年禁酒法時代のアメリカ中西部を再現した映像にもスキがない。カラーではなくあえてモノクロを選択したボグダノヴィッチの目論見は的中しており、恐慌期のすき間風が吹きすさぶ田舎町のさびれた雰囲気が作品のいい隠し味になっているのだ。
懐が一時的にあたたかくなったモーゼがのぼせ上がるストリッパーのトリクシーとそれにヘソを曲げたアディが、女の本音を語り合う草原のシーンが特に気に入っている。「好きな男と一緒になっても、なんだかわからないけどすぐにダメになっちゃうの。だから今だけは後ろの席で静かにしていてね」トリクシーの本音の説得に思わず笑みをこぼすアディ。テイタムのおしゃまな魅力全開のワン・シーンである。
実生活においても離れ離れに暮らしていたというライアンとテイタムは、この映画への出演がきっかけで一緒に暮らすようになったという。演技経験のほとんどなかったテイタムがこれだけの存在感をみせたのも、「お父さんと一緒に暮らしたい」という子役の本心がそのままの形でスクリーンに露出したせいだろう。その後、薬○がらみで悲惨な運命を辿るオニール家の人々。【It's only a papermoon】の歌声が空しく響く。
Say, it's only a paper moon
Sailing over a cardboard sea
But it wouldn't be make believe
If you believed in me
ありきたりだが…
★★★★★
映画の全てが詰まってると言っても過言ではないんじゃないでしょうか? 何も言う事はないし、この映画を見て心から良かったと思わせてくれる。 こうゆう気分にさせてくれるって事は映画として本当にいい作品って事なんですよね。 ベタ、よく言えばシンプルな話なんですけど侮ってはいけない。 完成されたベタな作品ってゆうのは唯一無二の普遍性を持っている。人々の心を離さない魅力があり、全ての人々に受け入れられる器が備わっているのです。 30年以上前に作られた映画でも関係なく見れますし、また楽しめるのはそうゆう事なんでしょう。 映画を見てこんなに早く感じた100分は久しぶりでした!
いい
★★★★★
何回観てもいい映画。無駄がない。
知人の葬式で、知人の娘アディを親戚の元まで送ることになったペテン師モーゼ。モーゼはアディを送る途中もアディの存在を利用して他人からお金を巻き上げる。そして、「バーで会った。あごが似ている」ことからモーゼが父親だと主張し、違うなら(アディを利用して巻き上げた)お金を返せと要求するアディ。すでに先のお金を使ってしまったモーゼは、アディと共にお金を作りに町へ出かける・・・・。
”ボール紙の海に浮かぶ紙の月でも 私を信じていれば本物のお月さま”
この作品の表題でもあるペーパームーンって、アディにとってモーゼはお父さんだってことを暗喩しているんじゃないかな。
ささやかな、傑作。
★★★★☆
前から気になっていた。
「ペーパームーン」って何のことだろう、
このキャッチーなメインビジュアルは何なのだろう。
ディズニー映画みたいなものかな、
「オズの魔法使い」や「メリーポピンズ」みたいな
メルヘン風ロマンチックファンタジーなのかと思っていた。
見てみると、ぜんぜんちがう、
非常に巧みにつくられた映画的名作だった。
70年代の製作なのに白黒を選択。
白黒映画の巨匠オーソン・ウェルズのアドバイスで、
コントラストが際だつ赤色フィルターを採用し、
画面のすべてにシャープにピントが合う広角レンズを使用。
物語に緊張感をみなぎらせるために、
観客が気づかないような自然な1シーン1カットや移動撮影を多用。
原作ではアメリカ南部だった設定を、
荒涼とした地平線が拡がるカンザスとミズーリに変更。
そして、笑わない子供を見事に案じるテーテム・オニール。
これを見たら、通常の子供っぽい話し方や演技をする子役が
阿呆のように思えてくる。
名場面はいくつもある。
観覧者が出てくる映画には名作が多いが、『PM』もそうで
見事な遊園地の場面があり、
そこで主役のモーゼと知り合うストリップ劇場のダンサーが
旅の道連れに加わる。
テイタム演じるアディは、これが気に入らない。
機嫌も悪くなる。
もう旅はいっしょにしないと宣言した後、
土手の草の中、ダンサーはすばらしい科白を言う。
*この件は、特典映像の中に撮影秘話として語られている。
そしてラストシーン。
全体が進み、話が終わり、ラストの雰囲気が漂うなか、
この映画の特徴のひとつである、
1シーン1カットのすばらしいエンディングがある。
ふたりが軽犯罪的な行動を積み上げていく時は
『ボニー&クライド』的な気配になり、
最後は『小さな恋のメロディー』的な雰囲気で映画は幕を閉じる。
3つの特典映像(製作秘話・撮影秘話・公開秘話)も充実、
テイタムの素顔も見られて満足。