“湖底に消えた幻の恋”というめくるめく騙し絵の世界
★★★★☆
「一章」は、ヒロインである紀子を視点人物とした三人称の叙述(一人称ではない)。
よって、紀子がある事実を誤認したことよりも、客観的であるべき三人称の地の文において
虚偽の記述がなされていることのほうが問題とされるべきでしょうが、「一章」の終わりでは、
きちんと客観的事実が提示されており、作者はフェアプレイを遵守しているといえます。
ただそのぶん、真相が見えやすくなっているのもたしかで、大方の読者は、
登場人物が出揃った段階で、本作のメイントリックには、気づくと思います。
もっとも、本作の主眼は、そうしたミステリ的仕掛けそのものにあるのではなく、
“湖底に消えた幻の恋”という幻想美あふれる世界観のもと、己の哀しい過去
と訣別することを決意した、ある人物の再生を描くことにこそあります。
出来事と共にテーマまでもが反復されていく本作の
構成は、その試みを見事に実現しているといえます。
また、巧緻な伏線技巧も本作の読みどころの一つで、「P」というイニシャルに
仕掛けられたミスリードや、刑事の娘が観たというある劇団の芝居など、読後
に思い返すと、作者の周到な企みに気づかされ、思わず膝を打ちたくなります。
騙しの技巧は光るが
★★★★☆
作者は奇術も本職並み(あるいは本職?)で、騙しの作品を書くのにふさわしい。第1章から祭りの中での人間消失の謎が提出されるのだが、状況からして結論は1つしかない。私は本章の途中でトリックに気づいてしまった。それにしても、一人称で書いているヒロインが出会った相手が「***」と気付かないのは不自然ですね。話は1章の人間消失の謎に加え、相手だと思っていた人物が数ヶ月前に死んでいたと聞かされた謎を追うヒロインが、2章、3章と時間を遡り、謎が錯綜する中、真相にたどり着き、アッと驚くという仕掛け。この構成は巧みだと思う。本作を日本ミステリ界の「騙しの名作」と呼ぶ人が多いのもうなづける。1章をもっといい加減に「皇帝のかぎ煙草入れ」風に書けば、騙される人の数が増えたと思う。作風がそれを許さなかったのかもしれないが。
ゆっくりと解けて行く面白さ
★★★★☆
一気に読みました。面白かったです。
この作品は『騙し絵』といっておりますが、パズル感覚といってもいいと思います。作品を読み解く手がかりは序盤から散りばめられており、情報を整理していけば四章に入るまでには大体は解けているという、親切なつくりで、その読み解く感覚は本格推理そのものです。
最初の章では、紀子という女性の視点で語られます。傷ついた女性の一人旅、突然の災害、一人の青年との出会い、しかしその翌日、紀子はその青年、晃二が一月も前に死んでいたことを知るのです。誰が、何のために晃二の名を語ったのか、そして僅かな期間で変わってしまった村の光景、いったい何が起こったのか。魅力的な謎で迫ってきます。
そして次の章から謎の内側へと入っていきますが、これをどう解いていきますか。