約350頁とボリュームがあり、様々な事柄に対する養老氏の考え方が網羅されています。『唯脳論』『形を読む』『人間科学』などと重複する内容が目立ちますが、氏の哲学の全体像を掴むには良いでしょう。
いくつか印象に残った部分を挙げてみます(原文を簡素化しています)
・論理的整合性を求めると話が丸まるが、自然科学の面白さは話が丸まらないところにある。自然科学では現実が論理に穴を開けてしまうからだ(p.18)
・生物は機能と構造を使い分けているわけではなくヒトが勝手に分けただけで、これを言葉の分節性という。解剖学の中には言葉の分節性によりバラバラにされた実体がゴロゴロしている(p.26)
・知覚系の本質は削ることであり、その機能の基本は濾過である(p.61)
・現代科学の論文は電報に近づき、同時に現実世界の均質化が進行している。語が多義的でないためには、語に対応する現実を規格化するしかないからだ。ゆえに、科学の実験室は類似し、同じ機種が必要になる(p.66)
・前提に触れると怒りだすのはイデオロギーの特徴である。その意味では科学もイデオロギー性を持つ(p.104)
・生物は遺伝子系と神経系の二つの情報系をもつ。神経系が遺伝子系にバイアスをかける現象として性選択や擬態があるが、そこでは二つの情報系は直接絡む(p.145)
・日本の教育の問題点は哲学と宗教を欠くことでだ(p.165)
・身体と環境の統御を目的とする器官である脳は、予測や統御のできない存在、つまり「自然」と相反する(p.177)
・現実とは脳が与える現実感により定められるものだけだ(p.220)
・各個人の現実は社会的に等価であるため、社会は多数決により現実を定める(p.225)
・機能は時間を含むが構造は時間を含まないため、機能から構造は導けない(p.236)
・分子生物学は物理化学的世な記号世界に生物の構造と機能を翻訳する(p.294)
これを読むと、氏の思考の過程も追体験することができる。文庫本に独立して出版されている文学論なども、簡潔にまとまっており、この一冊あればほとんど網羅されているといっても過言ではないのではなかろうか。