この本の中にアイルランドは見えない
★★★☆☆
550ページにも及ぶ大作である。とりわけ巻末の50ページの注は貴重な文献資料であり、この本の存在理由はここにある。ただ、4500円は学生には手が出ない高値だ。学術書としては珍しくない価格だが、文体はタメ口調で、誰を対象に書かれたものなのか?本文の2/3以上はあらすじなので、映画をよく観る人には邪魔くさい。また、英国編とアイルランド編と分冊にしてほしかった。著者の専門は英国のようなので、アイルランドはなくてもよい。
例えば、『クライング・ゲーム』においては、「カエルとサソリ」の寓話への言及は不可欠であり、ジェンダーの問題にも触れていない。なぜ、主題歌をボーイ・ジョージが歌っているのかもヒントになるはず。
『コミットメンツ』においては、アイルランドのバンドであるのに、なぜトラッド・バンドでなく、ソウル・バンドを目指す必要があるのか?U2をも馬鹿にしておきながら、なぜU2の足元にも及ばない、ロック志向の強い音楽に終始したのか?映画としては、面白かったが、音楽的にはなぜ失敗したか?等の説明がほしかった。
『マイケル・コリンズ』は、白井佳夫氏の5行の新聞評の引用だけでよかった。
あと、2005年の出版であれば、2002年の『マグダレンの祈り』は間に合ったはず。『静かなる男』とか『ライアンの娘』は定番過ぎて、今更という観があるので、なくしてでも入れるべき。
あとがきにこんな言葉がある。「映画にケチをつけるのはいい、つまらないと批判するのもかまわない。でも、もう少し細かいところまで見てやらないと、作り手たちがかわいそうだよ」と。実は、友人が著者に向かって言った言葉なのかもしれない。
しかし、第1部の最後のページ。ハリウッドとの比較で、イギリス映画の暗さに対して、「とくに暗い映画を見て落ち込んだ方が、魂が元気になる。」からの2段落は、言い得て妙。