だれ宛?
★★★☆☆
冒頭にあるが、なぜだか「映画好きの建築関係者は多い」。その逆
もしかりだ。考えてみれば映画であろうとドラマであろうと、建築も美
術セットも、必ず劇中に登場する。建築物も美術セットも、作品 を彩
る重要な「脇役」なのだ。
本書は建築と映像芸術を結ぶ論考集。映画と言ってもそれは、小津
のモダニズム映画があれば、三谷幸喜の一連の作品、さらには「エ
ヴァ」や「クレヨンしんちゃん」の映画版まで射程にあり、バラエティ豊
かだ。
アニメやオタクを建築とお見合いさせた著作には森川嘉一郎『趣都の
誕生―萌える都市アキハバラ』があるが、この本には森川のそれほど
全体的に論としてまとまった主張があるわけ ではなく、一気に読むに
はちとしんどいか。おそらくこれも、初出がすべて雑誌だったものを集
めたからだろう。そういうのはたいていこうなる。
これは著者の性格的気質なのだろうか、なでるように全ての対象を均
質 に「78点」(当社比)くらいの点数で論評してくこの人のスタイルは、
僕は個人的にはあまり好きではない。批判するときは批判すべきで、
例えば、 『さくらん』の時代考証もあったもんじゃないあのめちゃくちゃ
なセットなど、 あれを「作家の強いオリジナリティが全面に出ている」と
評しちゃったりする。 若者の感性ですねわかります。
芸術一般にいえるが、盤石な構築がある上での「破壊」なのがすごい
わけで、何も知らないのがめちゃくちゃやってもそれは単なる「××」のは
ずだ。もっともそれが、現代にて「ポストモダン」という名でまかり通る「何
でもあり」の風潮ならば、それでいいのかもしれないが。
これは終始疑問にあったことだが、この本、いったいだれに向けて書かれ
ているのだろうか。文体は柔らかく、ノリはエッセイ風なので、間違っても
卒論などで使うという人はいないだろう。だがしかし、今時定価2300円の
エッセイなんてのも、なかなか買う人はいないわけである。
建築と映画/入門
★★★★★
深く突っ込んだ内容ではないが、新旧洋邦、多様な映画を建築的視点から簡単に紹介しており、建築と映画について考える入門書としては最適の書。
小津安二郎、リドリー・スコット、ジャック・タチなどの定番監督から手塚治虫、宮崎駿、押井守、庵野秀明らのアニメ監督作品、「ウルトラマン」などの懐かしキャラから「クレヨンしんちゃん」「東京タワー」などの近作まで、多岐にわたって取り上げられており、誰もがある程度の親しみを持って読み進むことができる。
建築家が主役を務める映画としてチャールズ・ブロンソンの「Death Wish」シリーズに触れられていないのは少し残念だが、自分の好きな映画を建築的視点から見直してみると新しい発見があるかもしれない。
「ウルトラマン」で少し触れられていた「破壊の美学」に注目すると、ただのアクション映画にも新たな魅力を発見できると思うが・・・
著者の碩学ぶりと名文
★★★★★
著者の多才な面を象徴する著書である。建築史が専門だが、映画への造詣の深さを、それも映画の専門家と対等に議論しえることを明かした論文の集大成だが、アカデミズムの歪さがなく、読みやすい名文。だが、引用される文献は美術監督木村威夫をはじめ、中古智など余程の映画フリークでなければ閲しない文献をふんだんに狩猟して、映画美術(大道具とセットの世界)を精緻に検証する。建築のパースと図面の意義を映画の構成と製作過程に重ね合わせ、共有する世界を描き出す。その最初を小津安二郎で始めたあたりに、著者の造詣の深さがにじみ出ている。
ヤンキー文化を論じて、建築と映画の関係を論じる。並みの造詣では果たしえない磁場の広さに瞠目するばかり。次は、何が出てくるのか、実に楽しみである。