「具体的な事情はもちろん書きつづってきたとおりだが、建物というものは建築に直接かかわる技術や人や表現意欲だけで生れるものではない。一つの建物の背景には、(中略)政治的な意志、(中略)制度、それを受け入れた社会、さらに事業を可能とする経済力と技術力、また表現の基となる美意識や文化、どれ一つ欠かせない。(中略)建築とは、政治、経済、社会、文化といった何でも呑み込むバケツのような表現領域なのである。建築は時代をそのまま表現する」(本書156頁)。
つまり、著者は、意匠の歴史、建築家の歴史という視点だけからではなく、政治史、文化史、社会史という観点からも、建築史を議論していきます。すなわち、おおまかにぼくがまとめてしまうと、1.海外から来た「冒険技術者」による「コロニアル」(植民地的)、2.江戸日本以来の「棟梁」による「擬洋風」、3.海外から来た「御雇建築家」による「歴史主義の導入」、4.「御雇建築家」の弟子筋である「日本人建築家」による「歴史主義の学習」、というようにです。
「な~んだ、どの日本近代史叙述にも見られる、外来と内発の歴史、欧化と回帰の歴史か」と思われるかもしれません。が、たんにそれに終わるのではなく、やはり、図表、写真も多数で、建築家ごとの具体的エピソードや特殊事情も記述されています。これが、著作が上下二巻本になったゆえんでしょう。