広島県中世の港町、草戸千軒遺跡から完全なサケの椎骨が出土した。「ああ、サケも食べていたんだ」と分かるだけなら私でもできる。著者は推理する。「このサケは地元からは獲れない。椎骨の大きさからすると、東北か北海道の一メートルクラスのものだ。縄文時代の加工方法(燻製・乾燥・冷凍)で山陰から来たものだろうか。しかしその加工法では硬くなった身を食べるために、石皿などで骨ごと叩いて柔らかくしないといけない。椎骨は残らない。このサケは瀬戸内海ルートで塩蔵によって保存されやってきたものである。柔らかい切り身として食卓にのったのだ。」ひとつの骨から、当時の交易ルート、保存方法まで推理するのである。
骨の推理は魚だけではない。動物・人間さまざまなものが対象になる。骨の切り口から当時の魚の料理方法を。馬の骨の葬り方から、殉死があったのではないか。骨の傷跡から当時の人々の『死』に対する思いを推理していく。あるいはトイレからさまざまな情報を手に入れる。垣間見える当時の庶民の暮らし。推理小説のようにわくわくするような『発見』の喜び。私が考古学が好きなのはこう言う一瞬の喜びに出会えるからなのである。この本は珍しくそういう『センス・オブ・ワンダー』に溢れた学術書になっている。