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神道の逆襲 (講談社現代新書)

価格: ¥777
カテゴリ: 新書
ブランド: 講談社
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神道思想についてよく判る一冊 ★★★★★
 日本古来の信仰及び思想として神道については興味があったのだが、なかなかしっくり来る著書がなかったのでその内実を思い浮かべられずにいた。その点、この著書は自分の欲求に応えてくれる充実した内容だった。

 「はじめに」の後に全十章、そのあとに「結び」、あとがきといった構成で、神道思想が形作られる以前の、神への感受性と神のまつりの実際から説き起こして、そのあと伊勢神道・吉田神道・垂加神道・復古神道それぞれの学の成り立ちとその内実・特質について解りやすく示してくれている。途中には文で解説している思想の構造を示した図式が用いられ、それも理解を助けてくれる。

 読んでいくと、神道の教説自体が形成されはじめたのが平安時代中期で、仏教の教説が広まった後にあたり、神道が形成した教説にも仏教の教説の影響が見られることが意外に見えた。しかし、後世復古神道の立場から「神ながら言挙げせず」といったように、いわく言い難い事をことさら形而上的に明らかにし尽くすことを厭うのが神の学びなのだとしたら、それも頷ける。信仰と思想とは、必ずしも同時進行はしないものだろうし。

 また、最近本居宣長の著作をいくつか読んでいるが、彼が古事記を尊んだ理由や、玉勝間などで見せる儒仏の教えの批判・秘伝による知識伝授への批判がどこに発しているのかがよくわかってくる。その一端は間違いなく吉田神道及び垂加神道の教えにあって、それらでは日本書紀を正典として、仏教や儒教の教えで神道を付会して、秘伝に基づいて教線を広げていった。本居宣長の思想は、そういった筋合いを全面的に転倒させようとするたくらみだったことがわかる。ここでの著者の本居宣長への接近は、巧みな距離をとった絶妙な触れ方で、この人の宣長論もいつか読んでみたい。

 他の箇所もそれ以前の教説とのかかわりを示してくれているので、読んでいて飽きない。

 全体として感じたのは、仏教や儒教と比べて神聖なものへの受け取り方のほうに多くの配慮がなされていることだ世界を統御している原理への理解というよりは、実際に今生きている人の地点からの思索と実践に重きを置いていると思う。それは、よくいわれる日本人の心性とも多く重なり合うのではないか。そんな視点でも読み応えのある著書。
神道の哲学史 ★★★☆☆
日本人において「神」がどのように考えられ、どのような位置付けを得てきたのかを、古代からさかのぼって分析した本。
そういうわけでタイトルはいささかミスリード。何かとんでもないことが書かれているわけではない。

前半部分では、「神道」が決して神国の優越や武力の肯定を意味していないことを古文書をひも解いて示したり、神道では「正直」という観念(通常の正直というより、異境でも通常通りの行動を取れるある種「異常」な人)が重要だということを昔話をもとに論証したりとなかなか面白い。
だが、後半部分での神道の細かな議論(本居宣長など)は、個人的な関心があまりないせいか、あまり面白いとは思わなかった。

神道の歴史や、神道がいかに今の我々の生活につながっているかを知りたい人向けの本か。
喪失する世界(神国日本)を描く ★★★★★
『神道は日本国内で約1億600万人の支持者がいる…(後略) 神道wikipedia』
という事実に驚いたのが神道に興味を抱いたきっかけだった。
なぜなら日本の現代人の大半は無宗教者であると思っていたからだ。
事実、自分が『神道を信仰している』という自覚がある者は滅多にいないだろう。
若年層につれてその傾向が強まり、今や私の世代(現大学生)では神道という言葉はあまりに耳慣れない。
しかしながら、神道は今でも形として残っている。
"神社"が日本の神様たちの存在を証明している。"祭り"は神様をお客様として出迎える儀式である。だが、現在では祭りはただ騒いで楽しむものとなっているし、神社に祭っている神様のことなど何も知らない者がほとんどだろう。また日本の神様をキリスト教のような一神教の神様だと思っている人もいるだろう。
日本人の9割が信仰しているとする神道の神様はたくさんいるのである。ゆえに多神教と呼ばれる。

ジブリ映画の"千と千尋の神隠し"などまさに神道の多神教のイメージだ。
トンネルを抜けた先は"違った世界"
そこはこの世界であるはずなのに"何かが違う世界"
この世界が反転し、出現した裏側の世界、つまり"神々がいる世界"
そこでは全国の神様が癒しにくるとされる湯屋があり、主人公の千尋はそこで働く。それはまるで神様に対して持つ気持ちを忘れてしまった現代人に対する風刺のようだ。
また千尋の両親は神様への食べ物を勝手に食べてしまったため、豚にされてしまうのもそうだろう。

この世界(神国日本)には裏側があり、そこには神々が存在し、出迎えることで世界が保たれる。
そのように言いたいのだと感じた。
忘れてしまった部分も多いのでもう一度この映画を見ようと思う。日本人の忘れてしまった神様の存在を思い返したい。
人間はいずれ生を失い、それを認識し恐れる生き物であるから、死や生に対する考え方として神様の存在などを想像し、信仰していくことはニヒリズムに陥られないためにも不可欠であると私は考える。
そのニヒリズムから逃れるものとして存在するだろう宗教の中でも、日本人には日本人の"神道"こそ学ぶべきだろう。
ここから「神道」への道が・・・ ★★★★★
新書の入門書でありながら、その内容は頗る深い。
「神道」の歴史から勉強したい人、興味のある人には絶好の本です。
文章も、平易に思えて、歯応えを十分に備えています。
これまで、いくつか手を出してきた「神道関係」の本の中では、ダントツ判りやすく、奥行きのある一作です。
是非、著者による本格的な「神道」の本を出して頂きたい。
難しい ★★★☆☆
良く言えば、日本人がいかに神道を論理化し哲学的に解釈してきたか、悪く言えば、日本人がいかに神道を哲学に昇華せしめんとするこじつけを行ってきたか、の変遷が書かれている。

この哲学的領域の問題は私にとってかなり難しく、十分理解したと言いがたい。私と同レベルの人には、気軽に読み始めない方が良いと言っておく。