辞表撤回 (講談社文庫)
価格: ¥650
経済小説の第一人者である著者がJTBの実在人物をモデルにサラリーマンの成長の過程をたどった作品。主人公の丸山は広島生まれの団塊世代で1972年にJTBに入社する。新人時代に海外添乗の仕事に就くが、懲戒解雇モノの大失敗をもやらかして一度は転職を真剣に考えた。が、上司に翻意を促され思いとどまる。その後、丸山は営業手腕を発揮して次々とヒット商品を企画。年金ツアーや積立旅行の開発、さらにはデパート共通商品券、米ドルT/Cの発行と業界の枠を超えてビジネスシーズを見事に結実させていく。入社から20年、拡大成長という時代の風を味方につけたやり手サラリーマンの八面六臂の活躍と彼を支える周囲との交流が同書の柱であるが、丸山と同時代を生きる団塊世代にとって切実に響くのはむしろバブル崩壊後のミドルの役割を丸山が説くシーンであろう。「上層部との葛藤」「部下に対する自信喪失」「自己存在そのものへの疑問」の三重苦にあえいでいる団塊世代のミドルとして丸山が提言することは、これからを生きるサラリーマンに問うところが多い。阪神大震災被災直後の神戸に45歳の丸山がボランティアとして訪れるところからこの小説が始まるのも「部長や課長の肩書を除いて自分に何が残るのか、ミドルは自分を問いなおすべき」「40歳からは自分を中心にどう生きていくか考え、45歳からは準備にとりかかったらどうか」という丸山の言葉と重ね合わせると意味深いものがある。(松浦恭子)