もちろん、本書においてもその切れ味はいささかも鈍っていない。タイトルにある「ホモ・サケル」は「聖なる人間」と直訳できる言葉だが、著者はこれを「剥き出しの生(=主権権力の外に位置する者)」という意味に敷衍(ふえん)し、収容所や安楽死といった困難な課題へと立ち向かおうとする。直接の着想源としてはフーコーの「生政治」、シュミットの「例外状態」、アーレントの「全体主義」などの諸概念などを指摘しうるが、著者はここにカフカの「法」やバタイユの「供儀」、さらにはベンヤミンの「暴力」などについての検討をも加え、緻密な参照関係のもとに「政治的な生」と「生物学的な生」の区分を分析していく。その鋭い洞察は、歴史的な奥行きを感じさせると同時に、「9.11」やイラク戦争という喫緊の現実に対しても有効であるに違いない。
近年、最も大きな反響を呼んだ政治哲学の書物として真っ先に名の挙げられる1冊がネグリとハートの『<帝国>』であるが、注意深い読者であれば、同書のキー概念である「マルチチュード」に紛れもなく「ホモ・サケル」との共鳴を聴き取ることだろう。もちろん、「ホモ・サケル」の可能性はまだまだ汲み尽くされたわけではない。今後の展開については、著者が予告している続編の刊行を静かに見守ることにしたい。――2003年11月(暮沢剛巳)