ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」
価格: ¥2,500
ヴァイオリニストでもオーケストラでも、感情の盛り上がるところではメロディーを「うたわせる」という。また、メロディアスなフレーズをつむぎだすジャズ・プレイヤーに対して「唄心がある」ということもある。そうした表現が日常的になっているのは、音楽の根本は「歌」にあると信じられているからだろう。事実、すぐれた器楽の演奏は、しばしば人間の歌を思い起こさせる。
しかし、ここに収録されたチョン・キョンファの演奏を聴いて連想するのは、オペラやリートを歌う歌手ではなく、観客の視線を釘づけにするプリマ・バレリーナである。彼女の音楽には、美しいラインとひきしまった優雅な動きがある。跳躍のダイナミックさも感じられる。なにより音楽に動きがある。このようにメロディーを「踊らせる」ことのできる演奏家はそう多くないはずだ。
「運命」も視覚的な喚起力の強い演奏。こちらは精度の高いパスをつなぎながらすばやく攻め上がるサッカー・チームのようだとでもいおうか。もたつくことがなく、よどみなく、しかし軽すぎもしないというベートーヴェンである。(松本泰樹)